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電撃的な米朝会談に応じた北朝鮮が考えていること

亡命エリート外交官が分析する北朝鮮の真意、思惑、拉致問題解決の秘策とは。

高橋 浩祐 国際ジャーナリスト

Novikov Aleksey/shutterstock.com

衝撃的な板門店での米朝首脳会談

 朝鮮半島の南北分断の象徴である板門店で、事実上の3回目の米朝首脳会談が開かれた。アメリカのトランプ大統領と金正恩朝鮮労働党委員長は互いに南北軍事国境線をまたぎ、メディアの前で「歴史的な日」とほめたたえ合った。

 トランプ大統領と金正恩委員長の思惑はどこにあるのか。

 今回の板門店での会談は、大衆受けを常に気にするトランプ流の「一大政治ショー」だ。

 トランプ大統領は当面、金委員長をうまく手なずけて、2017年時の大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射や核実験のようなアメリカへの挑発行動をしなければいいという言動を何度も見せている。北朝鮮の非核化は焦らない。北とうまくやっていることをアメリカ国民に見せ付けるだけで、2020年11月の大統領選でオバマ前政権との違いを十分にアピールできると考えている。

 一方、金委員長は、わずか1日前にトランプがツイッターをつかって“即興”で発した非武装地帯(DMZ)での会談の呼びかけを、こちらも“即興”で快諾した。

 金委員長にしてみればしてやったりだ。2月のベトナム・ハノイでの米朝首脳会談以降、膠着していた米朝関係を「親書外交」を通じて打開しようとしていたが、トランプ大統領からの呼び掛けで奏功した格好になったからだ。トランプ大統領にターゲットを絞った「トップ外交」が実を結んだといえる。

 北朝鮮は既に核を放棄しないまま、米朝関係を改善した。金委員長は国際社会にそれを見せつけ、核保有国としての地位を事実上確立したといえる。対米核抑止力を持ちつつ、経済制裁緩和といった対米交渉を有利に進め、経済建設に役立てようとしている。

示唆に富む太永浩氏の警告

 日本にも死活的な影響を与える朝鮮半島情勢は今後、どうなるのか?

太永浩氏の著書『三階書記室の暗号 北朝鮮外交秘録』 (文藝春秋)=筆者撮影
 「いかなる場合においても北朝鮮が核を手放すことはない」「北朝鮮の核保有の目的は駐韓米軍の撤収だ」。北朝鮮から3年前に韓国に亡命した太永浩(テ・ヨンホ)元駐英公使(56)はそう警告する。

 太氏は歴代最高位のエリート亡命外交官だけあって、北朝鮮の手の内を熟知している。現在、太氏ほど北朝鮮内側からの見方を語れる人物は他にいない。1997年に北朝鮮から韓国に亡命し、2010年に亡くなった黄長ヨプ(ファンジャンヨプ)元朝鮮労働党書記以来の大物脱北者だ。

 太氏はこのほど、6月13日に日本で発売開始された著書『三階書記室の暗号 北朝鮮外交秘録』(文藝春秋)のPRを兼ねて来日。6月20日には脱北者を支援する日本の人権団体「北朝鮮難民救済基金」が主催する会合で講演した。

 講演の中で太氏は、北朝鮮の核戦略や外交の原則に関して、その真意や思惑、狙いを語った。また、拉致問題などについては、北朝鮮は小泉純一郎元首相と故金正日(キムジョンイル)総書記の間で解決済みと考えていると指摘。膠着状態を打開するためには、小泉元首相が仲介者として乗り出すべきだと訴えた。

 以下、太氏の講演の中身を同氏の言葉で紹介する。そこには、今後の朝鮮半島情勢を占う意味で示唆に富むヒントがある。

講演をする太永浩さん=2019年6月20日

北朝鮮の核戦略について

核保有国として存在を確立できる

 北朝鮮は核を開発し、時間を稼げば、その間にこの地域でのアメリカの戦略は変わっていくだろうと考えている。

 北朝鮮は数十年間、核とミサイルを握ってたゆまずアメリカに脅威を与え続けるならば、いずれ米軍は韓国からひくだろうと考えている。

 アメリカはアメリカの一つの大都市と韓国の自由民主体制を引き換えにしようとは絶対に思わないであろう、と金正恩氏は考えている。したがって、少なくともアメリカのひとつの都市を核ミサイルで攻撃できるのだという備えを見せつければ、今年ではないとしても1年後、2年後、3年後に、あるいは5年後になるかもしれないが、アメリカはいずれ韓国を放棄して北朝鮮の核を認めるだろう、と金正恩は考えている。

 今、アメリカが北朝鮮との核交渉に臨んでいるのは何故か。アメリカは本当に北朝鮮の非核化を達成できると思って交渉しているのだろうか。そうではない。韓国と日本がアメリカにしがみついて、北朝鮮の核保有を止めてくれと言い募るので、その両国の手前、北朝鮮と交渉しているフリをしている。このように北朝鮮は理解している。

 したがって、今後、日本と韓国が北朝鮮の核兵器に対して、だんだん免疫が付いてきてそれほど騒がなくなってこれば、アメリカもおのずと北朝鮮の核保有を事実上認めることになるだろう。そうなれば、北朝鮮はこの地域で核保有国として存在を確立することができると考えている。

自由民主主義の国は構造的弱点を抱えている

北朝鮮が5月9日に行った火力攻撃訓練を指導する金正恩朝鮮労働党委員長=2019年5月10日、労働新聞ホームページから
 その戦略を実現する戦術について、北朝鮮は今、どう考えているか。北の核保有を何とか妨げようとしているアメリカ、日本、韓国の自由民主主義体制は、北の核をなくすには弱い。構造的な弱点を抱えていると考えている。

 アメリカ、日本、韓国の自由民主主義のシステムでは、4年から5年ごとに政権が変わる。新たな政権が発足するたびに、過去の政権のやり方をひとまず脇に置いて、また新たなやり方をしようとする。北朝鮮とは新たな仕切り直しをして交渉しようとする。

 これを利用して、北朝鮮は過去30年間、核問題の交渉においては同じパターンを繰り返してきた。

 どんなやり方かと言えば、自由民主国家で新たな政権が発足すると、その政権と曖昧模糊とした原則的な合意を結んでみせる。原則に合意し、その履行を具体的にどうするのか。北朝鮮はここで解釈の問題を持ち出して、たえずアメリカやその他の国と争いながら2年から3年の時間を稼ぐ。そして、4年から5年経つと、「せっかく良い合意を結んだのに、アメリカと韓国はその履行をしようとしていない」と言い、責任をアメリカと韓国に責任を転嫁する。

 そのうえで何をするかと言うと、皆さんがご存知の通り、2016年、2017年にやったようにわざと緊張を高める。そうすることによって、韓国や日本の市民を不安に陥れる。日本や韓国の市民は、平和を何とか形成しなくてはいけないと思い込んでいく。

 その結果、韓国や日本の一般国民は「平和を実現しますよ」と唱える指導者に票を投じることになる。さらにアメリカ、韓国、日本のいずれの国も、非核化が先か、平和が先かの二者択一を突きつけられる形になる。自由民主主義の国民は、平和がまず優先だ、ということになる。そうして時間を稼いだ後、また新たな政権が発足すると、また新たな合意を結ぶ。

 この5年周期で北の核武装はどんどん進んでいく。この30年間をみると、アメリカも韓国も日本も一貫して北朝鮮の非核化を推進した国はない。政権が変わるたびに政策が変わっている。

北朝鮮外交の3つの原則

 北朝鮮の外交は3つの原則に立脚している。

 第一に、いかなる状況においても北朝鮮は核を放棄しない。

 第二に、いかなる場合でもアメリカは北朝鮮を攻撃できない。

 第三に、いかなる場合でも中国は北朝鮮を手放せない。

 核兵器の開発のきっかけとなったのは朝鮮戦争のトラウマだ。当時、党がどんなに「アメリカはけっして原爆を落とさない。南下しないように」と宣伝しても、避難民を統制できなかった。全員を銃殺するわけにもいかなかった。

 手をこまねいて避難民の行列を眺めていた金日成(キムイルソン)は、そのとき核兵器の威力を痛感する。物理的、軍事的威力ではなく、人間に与える心理的な威力に対してだ。金日成が原子爆弾の開発を決心し、核に執着しはじめたのもこのときからだ。

平壌空港で金正恩・朝鮮労働党委員長(右)の出迎えを受ける中国の習近平国家主席=2019年6月20日、労働新聞ホームページから
 次に、韓国ではいまだに米朝の非核化交渉が失敗したら、アメリカが北を軍事攻撃すると思っている識者がいる。

 しかし、金正恩氏は北朝鮮が核を既に持っているから、アメリカから先に攻撃をしかけることはないと確信している。アメリカは歴史的に戦争を仕掛ける場合、自国民の犠牲をまず計算して考える。ところが、韓国には在韓米軍が2万5000人、民間の米国人が24万人いる。アメリカが北を攻撃し、北が報復攻撃をした際、アメリカは韓国にいるアメリカ人が何人死ぬのかを見積りをしなくてはいけない。しかし、アメリカはその見積りをそもそもできないだろう、と北朝鮮は考えている。

 いかなるアメリカの大統領であれ、韓国にいる自国民が多数犠牲になると分かっていれば、アメリカは先に手出しをできない。これが金正恩氏の確信になっている。

 次に、北が核を保有しても、中国は北をどうすることもできない。北の核保有の問題と、北朝鮮の政権の安定のどちらを取るかと言われれば、中国は、北朝鮮の政権の安定を優先する。核が北朝鮮の体制の安全を保証し、米軍が朝鮮半島を北上してくれるのを防ぐのであるならば、中国は北の核保有を認めるしかない。金正恩氏は、そのように中国の足元をみている。

 なので、北朝鮮の核問題の解決のカギは、トランプではなく、中国の習近平国家主席が握っている。もし習近平主席が決意して北朝鮮の核兵器を取り上げようと考えたならば、私の試算では2年あれば北朝鮮は降参する。

拉致問題について

小泉元首相・金正日総書記の間で解決済みと北朝鮮

 北朝鮮は、小泉純一郎元首相と故金正日・朝鮮労働党中央委員会総書記の間で解決済みだと考えている。

 第一に、金正日総書記はすでに謝罪している。第二に、それを踏まえて、日朝間で合意をしたのに日本がそれを破ったと北朝鮮は理解している。

 拉致問題をどうしたらいいのか。私の個人的な考えをお伝えしたい。

 いま、安倍晋三首相と金正恩・朝鮮労働党委員長を何とか会わせることができる仲介者を私たちは必要としている。誰がこの仲介役をできると思うか。

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