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私、安田純平は「出国禁止」状態にあります(下)

消滅した自己責任論。「自己責任」を取らせない政府。

安田純平 フリージャーナリスト

日本外国特派員協会で会見するジャーナリストの安田純平さん=2018年11月9日、東京都千代田区

旅券法の「国益公安条項」

 前回記事『私、安田純平は「出国禁止」状態にあります(上)』で、旅券(パスポート)が5カ月にわたって審査中のまま発給されていない状況と、申請後の外務省とのやりとりを紹介した。今回は、この事実上の「出国禁止」措置と私の拘束問題、そして「自己責任論」について考察したい。

 トルコが入国拒否しているということを根拠に旅券法13条1項1号(「渡航先に施行されている法規によりその国に入ることを認められない者」)で旅券そのものを発給せず、世界中どこにも行けないというのは無理がある。外務省は、私に7号を該当させようとして審査している可能性がある。

 私に旅券が発行されていないことについてメディアが報じると、ネットでは「あれだけ迷惑をかけたのだから当然だ」という声が上がった。「迷惑だから」で旅券法13条に当てはまるとしたら、この7号しかない。

 7号とは「外務大臣において、著しく、かつ、直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」というもので、「国益公安条項」とも言われている。

 7号の場合は旅券法13条2項で「外務大臣は、前項第七号の認定をしようとするときは、あらかじめ法務大臣と協議しなければならない」となっている。協議とあるが、法務大臣の同意が必要という解釈がされており、今後の展開は法務省まで協議に加わっているのかどうかで大きく分かれることになりそうだ。

「国益公安条項」を巡る判例

 この「国益公安条項」で旅券発給拒否をして裁判所が合憲であるとした過去の事例は、1952年4月、ソ連で開催されたモスクワ国際経済会議参加のため一般旅券の発給を申請した前衆議院議員ら2人に対し、「国益公安条項」(当時は5号)を適用して発行しなかったというものがある。これを不服として国賠請求訴訟になったが、最高裁は旅券発給拒否処分を支持した。

 1952年、日本は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)による占領統治下にあり、1950年6月に勃発した朝鮮戦争の休戦のための協議が続いていた。

 一審判決は、日ソ関係について<日本は前記平和条約に調印し、自由諸国家の一員として右諸国と友好関係を結ぶ決意をなし、独立国として国際間に新たな発足を準備したのであるが、ソ連は共産主義国として自由世界に挑戦し、朝鮮その他における国際共産主義の武力行使を援助し、自由世界に明白な対立を示している。朝鮮動乱においては、連合国は国際共産主義の武力行使を抑制して平和保護の為必要な措置を執るの余儀なきに至つている>としている。前記平和条約とはいわゆるサンフランシスコ講和条約のことだ。

 そのうえで、<平和条約の発効前たる旅券発給申請当時、主として米国の多大の援助を受け、且つ全面的協力を要請されていた日本国の立場を無視し、ソ連の平和攻勢の一還として米国内に厳しい批判を浴びているモスコー国際経済会議に参加することそれ自体が、日本国が共産陣営との連繋と友好とを希望しているかの感を与え、米英その他民主々義諸国との友好関係に好ましくない事態を生じ、(中略)日本国の利益を著しく且つ直接に害する虞があると認定することは、判断の筋道としては一応首肯し得るところである>として旅券発給拒否を支持した。

 また、パレスチナ難民支援活動をしていたボランティアの日本人女性医師が1983年、シリアに滞在中に在シリア日本大使館に旅券発給を申請し<貴殿の従前からのいわゆる日本赤軍との密接なる関係にかんがみ>発給を拒否されたことに対する訴訟で、<発給をしない旨の処分を取り消す>という東京地裁の判決が出たが、東京高裁は<日本赤軍の構成員とはいえないが、単にその共感者、あるいは構成員とたまたま接触した者というにとどまらず、積極的に日本赤軍の活動を支持し、これに寄与し、行動を共にしたことがあるものであって、これらを通じて日本赤軍の破壊活動を援助助長するような関係にあったものと認めるべきである>として逆転。最高裁も<日本赤軍の構成員とはいえないが、日本赤軍の活動を援助するような関係にあったと認めるべきだ>として高裁判決を支持した。

 旅券発給拒否処分が取り消された事件もある。やはりパレスチナで医療活動をしていた日本人看護師の女性が1985年に旅券発給を申請し、<貴殿は、従前からいわゆる日本赤軍と称せられる過激派集団と連繋関係があると認められ 同集団のこれまでの活動に鑑み 貴殿は旅券法一三条一項五号にいう著しくかつ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者に該当する>として発給拒否された。

 拒否処分の取り消しを求めた訴訟で、<原告と日本赤軍とが連繋関係にあったと認めることは困難><旅券発給拒否の本件処分は、その判断の前提となる重大な事実を誤認し、その結果与えられた裁量権の行使を誤った違法なものといえるから、取り消されるべきである>との大阪高裁の判決が確定している。

 前者は、GHQの占領統治下にあり、朝鮮戦争が休戦に至っていない状況で、日本という国のあり方、立場に影響を与え、平和条約を結んだ諸国との友好関係に好ましくない事態を及ぼす、という非常に大きな規模の話になっている。また、日本赤軍については「日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがある者」に該当しうることを示しつつ、密接な関係があるかという詳細な事実関係が争われている。

 これらの裁判の中で提示された事実関係の妥当性や、判決についての評価にはここでは触れない。とにかく具体的でなければならないということだ。

私は「インド・欧州」への「家族旅行」なのに

帰国直後、出迎えた妻の深結(みゅう)さん(手前左)や両親(後列)と再会を喜ぶ安田純平さん=2018年10月25日、深結さん提供
 私の旅券発給申請は、渡航先が「インド・欧州」で、渡航理由は「家族旅行」だ。

 これをどのように「著しく、かつ、直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」に該当させるのだろうか。

 旅券法13条1項7号は文言が漠然としていて不明確であるという指摘があり、「旅券法逐条解説」(有斐閣・旅券法研究会編著)に以下のような解説がある。同著は「外務省担当官などの有志による旅券法研究会が逐条形式で規定の趣旨・意義・解釈等を詳細に検討。旅券法唯一の解説書」とされている。

 本号の規定のうち、「著しく」とは「そういうおそれのあることが(中略)非常に顕著である」(林修三政府委員の説明。第一二回衆議院外務委員会議事録八号一頁)ということであり、「直接に」とは「(旅券発給を)拒否する理由とそのおそれがある行為との間に直接関係がある場合、間接でない、(中略)非常に直接のつながりがある」(同上)ことを意味している。また、「相当の理由がある」というのは、「通常人の合理的な判断によりまして、嫌疑を肯定することができる理由があるというような場合」(西本定義説明員による説明趣意。第一二回衆議院外務委員会議事録七号一八頁)であり、単なる風説等ではなく諸種の具体的資料を総合して、「何人が考えても、一応さような認定をすることが合理的であるというような事情のある場合」(同上)を意味する。

 以上のように、かなり具体的な根拠が必要であるという解釈になっている。

 旅券発給拒否が取り消された判決は<なお、同号該当性の判断について、被告にある程度の裁量が認められることは、同号の文言からも明らかであるが、同号の規定が憲法二二条二項によつて保障された海外渡航の自由を制約するものであることに鑑み被告の裁量権はそれほど広いものではなく、少なくとも、被告の判断の基礎となる重要な事実の存否につき裁判所の審査が及ぶことはいうまでもない>と述べている。7号による旅券拒否はかなり慎重に行わなければならず、裁判所の要求に耐えられるだけの事実の提示が求められることになる。

 私の旅券発給申請が「審査中」のまま保留になっていることについて、ネットなどで「当然だ」という主張が出ている。その根拠は、シリアで人質にされていたことについて、「あれだけ迷惑をかけたのだから」というものだが、「あれだけ」が具体的に「どれだけ」なのかは、全て憶測によるものでしかない。

 そうした過去の出来事をもとに「著しく」「直接に」「相当の理由がある」ことを、「単なる風説等ではなく諸種の具体的資料を総合」して、「何人が考えても、一応さような認定をすることが合理的であるというような事情のある場合」に当てはめることができるのだろうか。

 また、過去の出来事をもとに旅券発給拒否をする場合、世界中どこにも行ってはいけない「出国禁止の刑」という量刑に値するだけの「罪状」があったのかどうか、具体的な根拠を示さなければならないことになるのではないか。

帰国便の中で記者の取材に応じる安田純平さん=2018年10月25日、イスタンブール

「身代金が支払われた」と考えるのはかなり無理

 私の解放に向けた日本政府の動きとして分かっていることは、主に以下の4つだ。

1.解放交渉に必須であり、身代金が払われたとされる外国の事例では何度も取られている生存証明が、私は一度も取られていない。生存証明に必要な私しか答えられない質問項目を2015年の段階で私の妻から聞いて用意していながら、解放されるまで使わなかった。
2.私が映った動画などを公開し、スペイン人やイタリア人の解放に関与したというシリア人からの接触があったが、相手にしなかった。
3.「信頼できるルート」を通して「身代金ではない解決方法を探っている」と外務省は私の家族に再三伝えていたが、その「信頼できるルート」による私の拘束状況の情報は事実と全く異なっていた。
4.解放1カ月前の2018年9月、トルコのエルドアン大統領の直属機関である支援団体IHHから「無償解放の話が出ているので家族の同意がほしい」と外務省に打診があったが、外務省は家族に伝えなかった。外務省が家族を紹介してくれないので、IHHは私の家族の支援をしていた弁護士に連絡を取り、家族が「無償解放」に同意。家族が外務省に「なぜ知らせてくれなかったのか」と聞くと、「確かな話ではないので伝えなかった」と答えた。

 「カタールが肩代わりするかたちで身代金が払われた」とする報道があったが、その唯一の根拠であるNGO「シリア人権監視団」の情報は、「実は4日前に解放されていた」という明らかな虚偽情報を含んでいる。「安田はイスラム国(IS)から解放されたと会見で語った」と書いたネットニュースをコピーして自サイトに貼り付けているが、私はISに拘束されたとも解放されたとも一度も言ったことはない。身代金が払われたかどうかという特定組織の内部情報を知っているとは考えられない内容だ。

 同NGOは「信頼できる情報源によると」と書いているが、これは「信頼できる情報源が聞いてきた噂話」ということではないか。同NGOに問い合わせているが、何も回答はない。

 生存証明が必須であることは、人質解放交渉の専門家から見れば最低限の常識である。やり取りしている相手が本当に捕まえているのか、人質が生きているかを確認せずに対価を渡す訳にはいかないからだ。相手が言うことを真に受けてはいけないのは言うまでもないことだろう。

 方法はいろいろあるが、生存証明を人質本人から取れなければ証明として不確実であるだけでなく、本人にとって「交渉が続いている」という希望にもつながることは、ISから解放されたフランス人やデンマーク人らが証言している。あえて本人に気づかせないように取る必要性がないどころか、むしろ気づかせることに意義がある。それを日本政府は3年4カ月の間に一度も行っていない。

 これらを考えると、身代金が払われたと考えるのはかなり無理があると言わざるを得ない。生存証明を取っていないことや、「信頼できるルート」の情報が誤っていたことから、実際に拘束していた相手を特定できていたのかどうかも疑わしい。

 日本政府は「テロリストとは交渉しない。身代金は払わない」を原則にしており、交渉開始ととられかねない生存証明を要求することはできないため、相手を特定することが困難なのは当然のことだ。能力があるかないかではなく、政府の方針から至った当然の帰結である。

2018年7月にインターネット上で公開された安田純平さんとみられる男性(中央)が映った動画の一場面。いつ撮ったのか時期の分からない動画は、「今現在も生きている」と確定させる生存証明にはなりえない。「救けてください」というのも100%言わされているだけなので、これを真に受けて「救けなければ」と考える専門家はいない。

「あれだけ迷惑」は「どれだけ」なのか

 身代金が払われていないとなると、政府の対応はかなり限定的だったと考えざるを得ないが、「あれだけ迷惑」が「どれだけ」だったのかは、政府がどのような対応をしていたのか具体的に検証してみるしかない。

 今回実効性があったかは別として、「信頼できるルート」を築くことは今後の他の事例にも生きてくることであり、それを「迷惑」と捉えるかどうかは受け取り方による。これを書くと「反省していない」と言う人が出てくるが、そのことと事実関係や社会にとっての意味は全く別の問題である。

 一般旅券の発給をしない場合等の通知に関する旅券法14条は以下のようになっている。

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