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トランプ大統領の安保改定という変化球

来年は日米安保条約の改定から60年。日米安保のあり方を検討する契機にしては

田中秀征 元経企庁長官 福山大学客員教授

G20大阪サミットの記者会見で質問に答えるトランプ米大統領=2019年6月29日、大阪市北区

日米安保条約改定の必要性に言及したトランプ氏

 G20大阪サミットは6月29日、首脳宣言を採択して閉幕した。

 このサミットは、まさしくトランプで明け、トランプで暮れた、トランプ米大統領ばかりが目立つ「独り舞台」のように見えた。

 この舞台の直後には、突然の米朝首脳会談という付録まで付いた。

 その一方、議長国の日本にとっては、実に成果が乏しく影が薄いサミットであったと言わざるを得ない。

 日本にとって最大の誤算は、トランプ大統領が記者会見で、日米安保条約改訂の必要性に言及したことだろう。この発言による激震は容易に収まるものではない。

 6月29日の記者会見でトランプ大統領はあらためて、日米安保条約を「不平等な条約」と決めつけた。そしてこの6カ月間、安倍晋三首相にそう言い続けたと明かした。もちろん彼は、日米安保条約の破棄はまったく考えていないと前置きしている。だが、「われわれはそれを変える必要がある」と安倍首相に言ったと明言した。ところが、安倍政権幹部は、そんな発言は「まったくない」と否定した(朝日新聞朝刊6月30日)。

根強い「片務条約」という見方

 トランプ氏の日米安保条約についての認識は、3年前の大統領選挙の当時から変わっていない。いわば、彼のかねてからの持論である。

 今回の会見で彼はこう言っている。

 「もし日本が攻撃されたら、米国は全力で戦う。戦闘に入らざるを得ず、日本のために戦うことを約束している。もし、米国が攻撃されても、日本はそうする必要はない。それは不平等だ」

 周知のように、日米安保条約は第5条で米国の日本防衛義務を規定し、第6条で日本の米軍への基地提供義務を規定している。だから、日米双方が互いに義務を負う“双務条約”に他ならない。だが以前から、トランプ大統領の認識のように、一方だけが武力行使に加担するのは、「双務条約」ではなく「片務条約」だと解する見方は根強くあった。ただ、1960年の改訂安保は、防衛義務と基地提供義務は“非対称”ではあるが、“双務条約”であるとの理解で続いてきた。

菅義偉・官房長官
 これに関し、菅義偉・官房長官は6月27日の記者会見で、「片務的ではなく、(日米にとって)お互いにバランスがとれている」と明言したが、その通りである。

 米軍が日本に駐留する主たる目的は日本防衛ではない。それは、米国の世界における権益を守ること、そして地域や世界の安全保障に貢献することにある。したがって、日本が米軍に基地を提供するのは、単に米国のためではなく、地域や世界の平和に寄与することでもある。

 そして、わが国が集団的自衛権を行使しないのは、先の大戦への反省と、それを明文化して世界に宣言した憲法によるものである。

トランプ氏が日本から引き出したい譲歩

 おそらくトランプ大統領の今回の発言は、日本が米国の戦争に協力できないのなら、他の分野で大きな譲歩をすべきだという含意があるのだろう。しかし、なんとも俗流の交渉術のように見える。

 来年の大統領選のために、トランプ氏が引きだそうとしている譲歩には、次のようなものが考えられる。

 まずは、農畜産物の関税引き下げと撤廃、そして日本製自動車の高関税化である。いずれも日米貿易交渉の最重要分野となっている。

日米首脳会談に臨む安倍晋三首相とトランプ米大統領=2019年5月27日、東京・元赤坂の迎賓館
 トランプ大統領は5月に訪日した折に、これらについて「7月の選挙後まで待つことになるだろう」と言った。参院選に配慮し、選挙後に決着させることにしたという言い回しである。参院選後、どれだけ譲歩させられるのであろうか。

 実際、大統領は「8月に両国にとって素晴らしいことが発表されるだろう」ともうそぶいている。「両国にとって」と言ってはいるが、「米国第一」を掲げるトランプ政権である。そのほとんどが米国にとって素晴らしい利益をもたらす発表になることは、想像に難くない。

 次に考えられるのは、防衛設備の輸入拡大である。武器や装備は絶えず陳腐化するものだから、高度化したものを米国から買い入れるとなると、かなりの巨額になるであろう。他で成果が挙がらないと、ここにしわ寄せがくるだろう。実際、6月28日の日米会談の冒頭で、トランプ大統領は「武器購入」に触れている。

 米軍駐留経費の負担の大幅増加もありうる。在日米軍駐留経費負担の協定は、2021年に更新されることになっている。かねてからトランプ大統領は劇的な増額を主張してきた。「日本が米軍の駐留経費を全額負担しなければ、米軍の撤退」もあり得ると脅したこともある。

 安保条約の不公平性を批判してきたトランプ氏からすると、この駐留経費の増額は実は譲れないところかもしれない。だが日本はすでに、年間2千億円という巨額の駐留経費を負担している。

より望ましい安保体制について議論を

 来年は日米安保条約の改定、地位協定の締結からちょうど60年にあたる。この間、安保条約について、一度も検討をする機会を持たなかった。

 トランプ大統領が「改定の必要性」まで唱えるなら、わが国としてはむしろそれに同調し、現状、さらに将来の展望から日米安保の必要性について検討することが望ましいのではないか。このままでは駐留経費は日本が払い、安保政策や軍事行動の主導権は米国が握るという、世界で特異な独立になる恐れがあろう。

 ここで安保改定の議論が始まるなら、与党だけではなく野党も、より望ましい安保体制について、独自の案を提供したらどうだろう。

 折からの参院選を前にして、思いがけず日米安保が争点の一つとして浮上してきた意義は小さくない。