アメリカ大統領選に向け、民主党候補を選ぶためのテレビ討論が始まった。
2019年07月11日
去る6月26日と27日に、2020年の大統領選挙に向けた民主党の候補者テレビ討論会が行われた。三大ネットワークのひとつNBCが中継し、2晩とも2時間にも及ぶプライムタイムの番組を約1500万人が視聴した。
カラフルな電飾でライトアップされた会場で、クレーンカメラなど凝った映像づくりもなされた番組はテレビ文化の完成形とも言えるものだ。ケネディ対ニクソンの討論から始まった「候補者の人となりやイメージ」をメディアが隅々まで写し出し、人々が消費するという仕組みを、疑いも抱かず踏襲しているかのようにも見える。
1日目の冒頭発言で、いきなりスペイン語でスピーチを始めたオルーク元下院議員(テキサス州)の顔を「首にヘビを巻いてメトロに乗り込んできた人を見るような目つきで見ていた」(NBCのトークショーホスト、セス・マイヤース)、ブッカー上院議員(ニュージャージー州)の表情は、多くの人がソーシャルメディアで拡散した。
しかし、テレビの影響力がまだ強いと言われているアメリカでもテレビ離れが進んでいるのは周知の通りである。ピューリサーチセンターの最近の調査でも、65歳以上の8割以上がテレビを通じてニュースを知るのに対し、18〜29歳では16%に満たない。最近インタビューをした大学生たちは「部屋にテレビはないし、寮のホールのテレビは誰も見ていない」「まったくテレビをみない日がほとんど」と答えていた。
アメリカの大統領選は、民主主義における自治が効果的に発揮される仕組みのひとつであるとされてきた。しかし、参加する人たちが正確な情報を得ていることがその前提だとすると、近い将来ミレニアルやジェネレーションXという世代が政治の中心を担うことになったとき、何が代わりを務めるのだろう……。
討論会自体も、「1分で」とか「2ワードのショートアンサーを」という1日に登場する各10人になるべく多くの発言機会を与えようとする演出は、口数が多いわりに内容がない政治家を洗い出す効果よりも、与件が複雑に絡み合った状況を政治家がいかに把握し対策を考えているのかを説明する機会を、かえって奪っていた気もする。
NBCが日曜朝に放送しているフラッグシップ政治討論番組「ミート・ザ・プレス」の司会者チャック・トッドも司会を務めたひとりだが、10人の候補と5人の司会者の中で、上から4番目に多い言葉を発していた(しかも、彼の担当時間は後半の約45分だけだ)。時間の進行に気を配り、候補者の発言機会のバランスを気にしつつ、多くの政治課題を整理し、候補者の優先順位を明らかにするという司会者としての能力は高度すぎて、よほどの人材でなければ務まらなくなったということでもある。秒単位で時間に縛られる、テレビの「不自由さ」も感じられた。
候補者を出演させている民主党の戦略も、「もう少し何とかならないのか」という印象だ。民主、共和両党の大統領候補者選びは、本選挙の1年くらい前に、党内の有力議員が立候補を表明し、地方遊説での有権者とのやりとりや、経歴についての調査報道、このようなテレビ討論会やタウンホールミーティングなどを経て、支持者の拡大や選挙資金の獲得に限界を感じた人が脱落していき、選挙年の夏に開かれる党大会で最終的な候補者を立てるというシステムをとっている。
しかし、今回は24人もが名乗りを上げる「異常事態」。黒人の女性や、自らをLGBTQと公式に認める候補者もいて、ダイバーシティー(多様性)が発揮されているのは民主党ならではとも言える。しかし、おそらく有権者の多数は、全員の名前を覚え切れていないのが実態のようだ。CBSテレビの深夜トークショーホストのステファン・コルベアは1日目の討論会を「きょうは2日目の前座で(バイデン前副大統領やサンダース上院議員ら注目されている人が2日目に集まった)、ウォーレン上院議員(マサチューセッツ州)と、ブッカー上院議員(ニュージャージー州)、オルーク元下院議員(テキサス州)と、MSNBCに怒っている7人(後半1時間はMSNBCが担当したが上記3人以外の発言機会が非常に少なかった)」と、笑いを誘っていた。
2020年の選挙は、民主党が大統領の座を奪回するという党派的な問題を超えて、トランプ大統領という1日十数件のミスインフォメーションやミスリードなコメントを振りまき、人種差別的な発言を何とも思わず、民主主義のプロセスを尊重しないリーダーから政治の信頼を取り戻すという、重要な意味を持つはずだ。
そうなのであれば、候補者討論会を前倒しで始めるような小手先の解決策で、候補者の脱落を悠長に待つような従来のやり方でなく、医療保険改革、移民、銃規制、富裕層の課税などについて合意できるポイントを調整し、候補者の合従連衡を促すとか、長老政治家に、可能性が低い候補に断念を促すなど「政治の知恵」が発揮されても良さそうなものだが、6月末の時点では、その気配すらない。
候補者同士の競い合いが激しくなると、わかりやすさと明快さを求めて、「左寄り」の政策の主張が増え、結果的に中道の有権者の支持を得られなくなるのではと危惧する声などもある。
米ジャーナリズム界のレジェンド、ニューヨーク・タイムズのワシントン支局長などを務めたビル・コヴァッチは「足の引っ張り合いで飛び交う膨大なネガティブな情報を、トランプ大統領が、最終的に決まった民主党候補者に対する攻撃材料として利用することの方を心配するべきだ」と指摘した。しかし、ペロシ下院議長ら大物議員たちが調整に乗りだそうとしているようには見えない。党内にはあらかじめ決めた政治日程をつつがなく運営する組織とノウハウはあるが、政治リソースの浪費を防ぐ柔軟性は欠けている。
スマートフォンとソーシャルメディアの時代に、政治のアクターたちも、対応できていないのではないか。
大統領を見守り、時に厳しく監視してきたはずのメディアも、自分勝手なトランプ政権に翻弄(ほんろう)され、弱点を露呈している。
これまでの政権では平日にほぼ毎日開かれてきた、ホワイトハウス報道官の記者会見は、6月末現在で90日以上中断されたままだ。その間、トランプ大統領は重要なアナウンスをツイッターで行い、時にホワイトハウスの敷地内で一方的にマイクに向かって話したり、あからさまに政権を擁護しているFOXニュースに優先的にインタビューに応えたりしている。
「大統領に選ばれるような人は誠実に情報公開をするという民主主義の原則を尊重する『はず』だから、記者会見などをさぼるわけがない」という前提でこれまでやってきた。しかし、批判的な報道を「フェイクニュース」と中傷し、時に質問すら受け付けない大統領に記者会見の重要性を認めさせるか、あるいは強制的にでも復帰させる仕組みは存在しない。
政権のやり方に本気で抗議するなら、試しに、ホワイトハウスの取材を1週間ぐらい全てボイコットするとか(それでもFOXは喜々として独占取材し、大統領はツイッターで言いたいことを言いまくるだろうが)実験してみる価値はあろうと思うが(リベラル系のメディアはそのような提案を何度かしている。例えばSalon.comの記事)、いまだ試されてはいない。
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