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山本太郎は日本のバーニー・サンダースか

左派ポピュリズムと中道リベラルの「戦略的互恵関係」

大井赤亥 東京大学非常勤講師(政治学)

拡大ヒラリー・クリントン氏

ヒラリーの苛立ちと中道左派の宿命

 他方、ヒラリーの基本政策は中間層の復活と国民皆保険制度の創設であり、日本でいえばかつての民主党の長妻グループに等しく、政治の利害調整を比較的労働者寄りに行おうとする選択肢であった。このようなヒラリーのスタイルは、既存政治の内部に留まるという意味で「保守的」でありつつも、多様な社会運動の要求を包摂し、それらを制度の内側に反映させるという点で中道リベラルの柔軟性を示すものでもあった。

 では、大統領選におけるサンダースとヒラリーとの関係はどのようなものだったろうか。ヒラリーは大統領選を振り返った自著『何が起きたのか?(What Happened)』(光文社、2018年)においてサンダースへの感情を極めて率直に述べており、その内容は同書の白眉をなしている。

 ヒラリーは、「バーニー(サンダース)と闘うのはひどく苛立つことだとわかった」とし、次のように述べる。「バーニーにとっては、政策は大衆を動かし、民主党の価値や優先事項について会話を喚起するためのものだった。その点で彼は成功したといえる。だが私は心配だった。守れる見通しがないのに大胆な約束をするのは危険だ。実行できなかったとき、人々は政府に対して以前にもまして批判的になる」(注3)。その結果、サンダースとの論争において、ヒラリーが進歩的な政策を提案するとサンダースはさらに進歩的な政策を提案し、結果として、「私は場を白けさせる役割を押し付けられ、バーニーの約束が実現する可能性はないと指摘し続けることになった」(注4)

 サンダースへの憤懣をあらわにするヒラリーに対してオバマが送った助言は、清く正しいリベラルの優等生的態度をこの上なく示している。ヒラリーいわく、「予備選挙の間中、バーニーの攻撃に仕返しをしたいと思うたびに、私は自制しろと言われた。……オバマ大統領には、ぐっと我慢してバーニーのことはできるだけ放っておけと言われた。私は拘束衣を着せられた気分だった」(注5)

 良心的な中道リベラルは、一方で保守反動の分厚い壁に向きあいつつ、他方で左派や社会運動から突き上げられながら、その狭間で一つひとつ陣地戦の駒をひっくり返していく責任と忍耐力が求められる。ラディカル左派からの圧力に対する葛藤や苛立ちは、中道リベラルが背負う以外にない宿命なのである。

(注3)H・R・クリントン、高山祥子訳『何が起きたのか?』光文社、2018年、258-259頁。
(注4)前掲書、259頁。
(注5)前掲書、262頁。

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筆者

大井赤亥

大井赤亥(おおい・あかい) 東京大学非常勤講師(政治学)

1980年、東京都生まれ、広島市育ち。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)。現在、東京大学の他、法政大学、成城大学、昭和女子大学、東京理科大学で講師を務める。著書に『ハロルド・ラスキの政治学』(東京大学出版会)、共著書に『戦後思想の再審判』(法律文化社)など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです