「EU人事の勝利」を背景に2022年の大統領選に狙いを定めたジュピター・マクロン
2019年07月08日
今秋以降の新体制の3役トップ人事を巡ってもめにもめた欧州連合(EU)だったが、7月2日の首脳会議で、欧州委員長、欧州中央銀行(ECB)総裁に女性を起用する人事を決定。フランスのマクロン大統領は会議終了後の記者会見で、「全員フランス語圏」と満面の笑みを浮かべた。
フランスは、節目ごとのEU首脳人事で「仏流ナショナリスム」を発揮し、国政にも反映させてきた。今回もマクロンは「EU人事の勝利」を背景に、2022年の大統領選に狙いを定めているとの声も出始めた。急降下していた支持率も上昇気味で、大統領就任当時のあだ名「ジュピター(ローマ神話に登場の天地至高の神)」も同時に復活するか。
トップ3役のうちフランス人は、ECB総裁になったラガルド国際通貨基金(IMF)専務理事(トップ)の一人だけだ。EU大統領のミシェル・ベルギー首相は確かに仏語圏だが、最も重大でもめた要因でもある欧州委員長はドイツ人のフォンデアライエン国防相だ。
欧州委員長のフォンデアライエンは欧州議会最大勢力の中道右派、EU大統領のミシェルが第3勢力のリベラル派、4人目のトップである外交安全保障上級代表(外相)のボレル・スペイン外相は第2勢力の中道左派なので、「政治的均衡人事」と指摘されている。また、ラガルドとフォンデアライエンの2人が女性。ミッシェルとボレルは男性の「男女均衡人事」、さらに仏独対ベルギー・スペインの「(国家の)大小均衡」の指摘もある。
マクロン大統領も会見で、これらの「均衡」ぶりを強調したが、とりわけ何度も言及したのが、「トップ3人の仏語圏」だ。
仏独は今回の会議で最ももめた欧州委員長人事は当初、中道左派のオランダ人、ティメルマンス欧州委員会第1副委員長で一致していた。また、英離脱問題の欧州委交渉担当者のフランス人、バルニエ元欧州委副委員長も下馬評に上がっていた。女性2人はいわば、ダークフォースだった。
フォンデアライエンはメルケルの側近としても知られる。メルケルは結局、連立政権を組む中道左派の反発を予想して、投票を棄権した。マクロンはメルケルとの個人的友情は堅持しつつ、思い通りの人事を敢行した。だからこそ、会見で意気揚々と「勝ち名乗り」を上げたというわけだ。
フランスのゴリ押し人事は、今回が初めてではない。たとえばECBの初代総裁を決めた20年前の1998年5月のEU首脳会議。ユーロ導入を前に、予定を12時間も延長して午前2時に発表された人事は、ほとんど決定済みだったオランダ人のタウンゼント初代EBC総裁が8年の任期の半分、2002年のユーロ導入時点で、「65歳の高齢」を理由に「自発的に辞任」し、残り任期4年をフランス人のトリシェ仏中央銀行総裁が引き継ぐという内容だった。
当時のシラク仏大統領が、ドイツ連銀のティートマイヤー総裁(当時)の“クローン人間”と呼ばれるほどドイツ色が強かったタウンゼントを嫌ったからだ。ドイツをはじめ加盟各国を延々と説得して、タウンゼントに任期半ばで“詰め腹”を切らせることを了承させたのだ。シラクはEBC副総裁にフランス財務省理財局長クリスチャン・ノワイエを就任させることにも成功、フランスにとっては“大勝利”だった。
この際、フランスの記者から「勝ったと思うか」と質問されたシラクの答えがふるっている。「ポンピドー大統領の下で農相だったころ、農業交渉で大勝利だったと報告したら、国際会議では勝利はない、とたしなめられた」との逸話を披露。「エゴイスト、あるいはナショナリストでは?」との質問には、「私はリアリストである」と一蹴した。
2002年の首脳会議でも、フランスは強硬姿勢をみせた。異例の会議延長になったこの会議で、議長国フランスのシラクが会見したのは、延長4日目の午前5時。焦点はEU拡大を前に、制度改革に伴う各国の理事会(閣僚会議)での「持ち票」問題だった。
背景にあったのは、ドイツの東西統一だ。それまで独仏英伊の4カ国の持ち票は、ほぼ同じ人口を基に同数だった。ところが、統一で加盟国最多(当時8千万)の人口になったドイツが、他の3国より多い持ち票を主張したのだ。
持ち票は理事会で種々の案件の決定の際、極めて重要な役割を果たす。重要事項に関する全会一致の表決はもとより、その他の案件での多数決採決時に、持ち票が多ければ多いほど、国益を反映させることが可能だからだ。
当時、EUの中・東欧への拡大は、EUの比重が地理的にも政治的にもドイツに強く傾いた時期だった。それだけに、フランスとしては、ドイツの持ち票の増加は絶対に阻止したいところで、従来通りの票数をあくまでも主張し、了承させた。フランスとしては、それまで仏独中軸で統合を推進させてきたとの自負があった。
フランスは、右派のシラク大統領のもと、首相は左派のジョスパンがつとめるという「保革共存政権」の時代だった。内政では「週35時間労働」などを巡ってシラク、ジョスパンは対立していたが、首脳会議には2人そろって出席。フランスの国益がかかる問題では、「一つの声」で発言し、仏独同数持ち票を死守した。
02年の大統領選で2人とも有力候補で、もしドイツに持ち票問題で譲歩したら、国民から「ドイツに負けた」と猛非難を受け、ともに大統領選で落選の憂き目を見るかもしれないという事情もあった。
近代五輪の生みの親、フランス人のク―ベルダン男爵は「(五輪に)参加することに意義あり」の言葉を残した。日本などでは、「勝敗にはこだわらない」と解説され、名言、教訓の一つとされている。だが、フランス人がこの名言を口にして、敗者を称えた例を私は寡聞にして知らない。フランス人にすれば、どこまでもリアリストに徹して「勝つこと」が、有為転変、興亡の激しい欧州大陸のド真ん中この1千年、生き延びてきた術(すべ)なのかもしれない。
マクロンは排気ガス規制やユーロ加盟条件の「財政赤字は国内総生産(GDP)の3%以下」を厳守するために、2017年春の就任以来、次々と増税を実施。昨秋からは「黄色いベスト」に代表される大反発を招き、支持率が急落、20%台まで落ち込んだ。
だが、その支持率も、「黄色いベスト」が暴力化や極右・極左などの政治化で国民の支持を次第に失なったのに反比例するかたちで、徐々に回復している。6月末の各種世論調査では、35.6%まで上昇した。
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