裁判の一部始終を“ノーカット”で公開。「デタラメは許されない」の機運が……
2019年07月09日
中国は「法治国家でなく人治国家だ」と言われる。労務紛争、売買契約、商標権侵害などをめぐり、日系を含む外資系企業が中国の裁判で勝てるのは「極めて稀」だと言われ続けてきた。泣き寝入りを余儀なくされた在中の日系企業も多かった。
だが、そんな“司法の場”が変わりつつある。日系企業が最も頭を痛めてきた商標権の侵害もまた、「勝ち目がない」と言われてきた分野だが、勝てる企業が出始めているのだ。
上海に工業部品の生産工場を持つある中小企業の経営者は、数年前の勝訴をこう振り返る。
「商標権をめぐるトラブルは、国益が絡むので外資企業は勝ちにくいと言われてきましたが、当社は最後に勝訴しました。中国では社会全体に規範化を目指す機運が醸成されていますが、こうした流れの中での勝訴だと受け止めています。中国ではもはやでたらめは許されない、そんな世の中になりつつあることを感じています」
ディオール社はマドリッド協定議定書に基づき、商標権の国際登録を行い、世界知的所有権機関(WIPO)を通して、加盟国である中国に対しても保護申請を行っていた。しかし、2015年7月、国家工商行政管理総局商標評審委員会は、香水の瓶の特徴性の欠如を理由に商標申請を棄却する通知を出した。これを不服としたディオール社は、行政を相手取り訴訟を行ったが、一審、二審(中国では二審制だが、再審が適用されている)とも敗訴した。
ディオール社は、当該香水瓶はすでに中国市場でも広く宣伝され、使用されており、多くの国で商標登録されていると主張し、これを最高裁に持ち込んだ。
結果は、ディオール社の逆転勝訴となった。最高裁は、「ディオール社が異議を申し立てているにも関わらず、是正を行わないそのやり方は、行政に対する合理的な期待を損ない、かつ行政手続きの正当性の原則に反する」とし、一審二審の判決を退けた。
裁判が行われた2018年4月26日は、WIPOが定める「世界知的所有権の日」で、多くのメディアが現場から中継放送し、6000万人の国民がこれを見守った。この判決は、中国が国際ルールに則り、履行の義務を果たす道を選んだことを象徴するものとなった。
「あの裁判はあっぱれでした」
2016年に行われた裁判を振り返ってこう語るのは、一部上場企業の現地子会社A社を長期にわたって管理してきた篠田和夫さん(仮名)だ。いかなる裁判だったのだろうか?
日本本社はもとより中国でも“精鋭”たちを集める現地法人だが、抱えてきた悩みのひとつに社員の勤怠管理があった。
趙君(仮名)は、A社の厳しい選抜を潜り抜け、採用された。しかし、あるときから遅刻が増え始め、ふと気が付けば無断欠勤も頻繁に出てきた。上司は何度となく注意をするが、一向に改善が見込めない。結局、この現地子会社は就業規則に則って、勤務態度の悪さを理由に趙君を解雇した。
しかし、趙君は黙っておらず、地方裁判所に異議を申し立てた。この手の労働争議は、地元の労働仲裁委員会が出した仲裁案に従うことで、だいたいのケースに決着がつくのが通例だが、趙君はその仲裁案にも首を縦には振ろうとはしなかった。
裁判にもつれ込む。地方都市の裁判所で開かれた裁判、そこで焦点となったのは「解雇のやり方が正当だったのか」という点だった。
原告である趙君は「企業事由による解雇は経済補償金(離職後の生活補償)の支払いの対象になる」と主張し、対するA社は「無断欠勤を忠告したが改善が見込まれなかったため正当に解雇した」と主張していた。すでに裁判官の手元には、労働契約書、就業規則、業務日誌、勤怠管理データが提出されている。そして、次のようなやり取りが展開された。
裁判官:あなた就業規則を読んでいるのですか?
原告:読んでいます。
裁判官:(企業側に対し)社員が就業規則を理解しているといえますか?
A社:就業規則の勉強会を行っています。日頃も社員はその都度、無断欠勤などないよう勤務態度には気をつけよと指導を行っています。
裁判官:(原告に対し)企業側のこの主張は本当ですか?
原告:本当です。
裁判は、最終的に企業側の言い分が認められた形となった。しかし、趙君になおも上訴する可能性が見て取れたため、原告の要求する経済補償金の一部のみを企業側が支払うことで、スピード決着に持ち込まれた。中国での労働紛争は、労働者間の横の波及が会社の評判を落とす可能性もあり、深追いは禁物という暗黙律がある。
一方で、この裁判に対し篠田さんは次のような感想を抱く。
「企業がちゃんとルールを設けているか、それに基づいて社員教育をしっかり行っているか、裁判所はこれら事実をつかんだ上で、原告の元社員に対し『ルールを守らなかったあなたが悪い』ときっぱりと告げました。審理の詰め方は非常に理性的だといえます」
中国駐在が長い篠田さんは、これまでの経験から「裁判を行っても、所詮中国側が勝つ」と信じ込んでいた。だが、この裁判を通して、中国で進む司法改革の一面をまざまざと見せつけられた。
不思議なのは、傍聴もしていない篠田さんが、なぜ裁判の一部始終を知っているのかということだ。篠田さんによれば、
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