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近ごろの政治家はなぜ「遺憾」を口にするのか?

政権、批判者、政治無関心層の利害が均衡する「構図」にひそむ無責任な政治

佐藤信 東京都立大学法学部准教授(現代日本政治担当)

責任を官僚に丸投げする政権

 統計不正問題について細かい説明は避けよう。問題の源泉は厚労省の統計不正。厚労省が2004年から基幹統計の一つである毎月勤労統計において、全数調査の一部が不正に抽出調査に切り替えられていた。当初、厚労省はこれを再集計することで対応しようとしたが、後に再集計に必要なデータが不適切に破棄されていたことも判明した。

 この問題について、今年1月11日の記者会見で根本匠厚労相は「こうした事態を引き起こしたことは極めて遺憾であり、国民の皆さまにご迷惑をおかけしたことを心からおわび申し上げます」と発言した。また同日の記者会見で菅義偉官房長官も、「統計の信頼性を損なう事態が生じたことは甚だ遺憾で、国民の皆さまにご迷惑をおかけしたことを深くおわび申し上げる」だと述べている。テンプレートのような発言で事前に調整しているのだろう。

拡大Zenzen/shutterstock.com
 ここで注目したいのは、なにを「遺憾」とし、なにについて謝罪しているのかという点である。最終的には謝罪しているようだが、これらは国民に迷惑がかかったことを謝罪するもので、事態を引き起こしたことの責任を認めて謝罪するものではない。この言は、引き起こしたのは自分ではない誰かだと丸投げしているように聞こえるのである。

 責任を丸投げされている相手は誰か。それは多くの場合、そして統計不正の場合にも、官僚であった。1月17日の時点で、厚労次官ら幹部も含めて処分する方針であることが報道されていた。22日に特別監察委の報告が提出されたが、その以前から(問題に関わった官僚個人ではなく)官僚機構が責任を負うことは決まっていたわけである。

 最終的には根本大臣のほか副大臣、政務官など厚労相のポストにある政治家も給与の自主返納を行ったが、国会で野党から大臣辞任を求められると、首相も根本厚労相も否定して譲らなかった。「消えた年金」問題後の閣僚辞任ドミノの再燃を避けたいという意図はわかるが、政治が責任を放り出したように見えるのは致し方あるまい。

 これは当然ではない。2015年6月に日本年金機構の情報流出問題が生じたが、このとき塩崎恭久厚労相(当時)は「監督する立場としておわびする」と述べていた。また、直近では2017年の稲田朋美防衛相(当時)が―本人の責任もあるとはいえ―もともと防衛省内で発生した問題について辞任に至った。大臣辞任のほとんどは政治資金問題や不祥事など大臣個人に由るもので、こうした事例は珍しい。

 このように省庁における失態の責任を大臣が担うことは不思議なことではなく、まして政治主導が拡大・深化すればそれだけ官僚機構の作動の結果責任を政権が負うようになるのが理(ことわり)である。それぞれのケースに固有の事情があって比較は難しいが、こうした事例と比べると、この数年の対応では官僚機構の責任を大臣が引き受けることなく、むしろ官僚に官の問題として切り離しているように考えられるのである。「遺憾」に象徴される政官関係のあり方は、ここ数年で突然生じて、急激に亢進してきたことになる。

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筆者

佐藤信

佐藤信(さとう・しん) 東京都立大学法学部准教授(現代日本政治担当)

1988年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士後期課程中途退学。博士(学術)。東京大学先端科学技術研究センター助教を経て、2020年より 現職。専門は現代日本政治・日本政治外交史。著書に『鈴木茂三郎 1893-1970』(藤原書店)、『60年代のリアル』(ミネルヴァ書房)、『日本婚活思想史序説』(東洋経済新報社)、『近代日本の統治と空間』(東京大学出版会、近刊)など。

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