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若者の未来を奪うな!元キャスター村尾信尚の挑戦

財政赤字で日本は沈没寸前。日銀券と投票用紙で「雨垂れ」のように国を変えたい

村尾信尚 元ニュースキャスター、関西学院大学教授

 昨年秋まで12年間、夜の「ニュースの顔」だった村尾信尚さんには、伝えきれていないことが残っている。「いまの私たちの行動が、若い人たちの未来を奪っている」という現実だ。

 メーンキャスターをつとめた「NEWS ZERO」(日本テレビ系列)の現場、その前に20年ほど身を置いた霞が関や永田町の世界とは一線を画し、まずはインスタグラムで新たな発信を始めた。

 未来を奪うものとは何なのか。63歳からの再挑戦は若者たちの心に響くのか――。「雨垂れ」集めから始めるという意気込みと構想を、聞いた。(聞き手 伊藤裕香子・朝日新聞論説委員)

身ぶり手ぶりを交えてインタビューにこたえる村尾信尚さん

桐谷美玲さんから勧められたインスタ

――こまめにインスタグラムに投稿されていますね。最近、テレビの報道番組に出演したときの写真には、フォロワーが「ZEROがよみがえりました!!」とコメントしていました。

村尾 昨年秋に番組を卒業するころから始めました。ことあるごとに、若い人たちの未来を奪う動きについて、若い人たち向けにインスタで発信しようと思っていて。地上波のテレビでどれだけ言っても、届き切れていない部分もありましたから。「インスタは多くの若い人が見るから、いいですよ」と言ってくれたのは、 ZEROで一緒だった桐谷美玲さん。モデルや俳優として、いまも活躍しています。

政府が無視した「避難勧告」

――未来を奪う動きとは、具体的には何ですか。

村尾信尚さん
村尾 キャスターの前は20年ほど、大蔵省(いまは財務省)の官僚で、国の予算をつくり、国の借金を管理する仕事をしていました。役人時代は統計の数字をみて、省庁の中で議論した一方で、実際に世の中の人たちの声を聞く機会はなかなかなかった。一方で、 ZEROの12年間、世の中の人たちに触れて感じたのは、格差の広がりに対する怒りと将来への不安でした。

 最近でいえば、「老後に約2千万円が必要」という内容が書かれた金融庁の報告書でしょうか。年金は将来をすべて保障してくれないという、みなが薄々感じている現実を示しました。これはある意味、全国民に出された「避難勧告」です。なのに、政府はしっかり説明もせず、早く火の粉を振り払おうと報告書を受け取らなかった。政府自ら、避難勧告を無視しました。国民は避難勧告が出されているのかいないのかわからない状態のまま、取り残されたようなものです。

 政府の使命はまず、困った人や地域を助けること。これは与野党ともに異論はないでしょう。問題は、政府が動くには、お金がいることです。では、だれに求めるのか。必要な財源はだれが負担するのかという正面からの議論、国民がいやがる話は、与野党も多くのメディアも避けがちでした。だれもまともに避難勧告を議論しないのです。

――キャスター時代の村尾さんも議論を避けていました?

村尾 いままで消費税の増税を2度先送りした安倍政権には、私は率直にスタジオから批判し、ときには総理に直接その姿勢を厳しくただしました。しかし、スタッフからはよく、「増税とか、『年金を受け取る要件は厳しくして、余裕がある人は一定の負担をしてもらいましょう』といった話をすると、視聴率は下がります。できるだけ前向きに、明るい話題でしめないと、視聴者は気持ちよく寝られませんよ」と言われました。確かに、夜に家に帰ってテレビをつけ、一緒にキャスターをしていた「嵐」の櫻井翔さんなどの姿を見ているときに、国民に負担を求める話をすれば、チャンネルを換えられてしまうでしょう。

日本の財政は「沈没寸前のタイタニック号」

――最近の著書『B級キャスター』(小学館)では、日本の財政を「沈没寸前のタイタニック号」にたとえています。

村尾信尚さん
村尾 負担はいやがられるから、手っ取り早く借金で。議論を先送りして、現世代のなかで過剰な対立を生まないようにしてきたのが、平成の30年間だったと思います。国の借金である国債はこの間、およそ5.6倍にも増えて897兆円にもなりました。現世代が、解決すべき課題に向き合ってこなかったからです。まったく現象は違うけれど、原発から出る使用済み核燃料、いわゆる「核のゴミ」をどう処理するかという問題を先送りしていることと、本質的には同じだと思います。

――国の借金や核のごみの議論が大切と言われたところで、なかなか実感がわきません。

村尾 特に若い方たちは、身の回りのことで精いっぱいかもしれません。人手不足の時代で仕事はあり、売り手市場ではある。居心地もそう悪くない。先は危ういかもしれないけど、多くの人は当面はやっていけることで満足しているところもあるでしょう。

 日本はいま、破局が訪れるまで考えないようにしている状況にあります。後に大敗につながる真珠湾攻撃や、十分だと考えていた福島第一原発の津波対策と、いまの日本の財政の状況は似ていませんか? 事実、国際通貨基金(IMF)は、日本の消費税率は15%が必要であるうえ、税収が減る軽減税率には否定的な見方を示しています。経済協力開発機構(OECD)にいたっては、消費税率は最大26%を求めています。実感がないのは、報道されていても、多くの人に届いていないからでしょう。

インスタで伝えたい世代間の不公平

――インスタグラムなら、実感を持てるように伝えられるのでしょうか。

村尾信尚さん。手前は伊藤裕香子。
村尾 1700年代に英国の植民地だった米国で、独立戦争の機運が高まった一つの考え方に、「代表なくして課税なし」があります。植民地は議会に代表者を送る権利がないのに、一方的に税を課されるのは不当である、と。

 いまの日本の子どもたちも同じです。投票権はなく、子どもの代表は国会にいない。けれど、国の借金が897兆円ということは、子どもも含めて1人あたり700万円あまりの将来の増税を背負っている状況にあります。日本の若い世代も、自分たちの権利を叫んでいいはずです。現実を届ける手始めがインスタグラムです。メッセージはできるだけわかりやすく、世代間の不公平をポイントで伝えたい。

――手応えは、ありますか。

村尾 うーん、いまフォロワー数は3万6千人くらいで、「いいね!」を押してくれるのは3千~4千件、コメントは十数件。財政の話も反応はあるけれど、数件ですね。どうやら村尾は「櫻井くんのパパ」的な存在らしく、嵐のファンが一定程度いるように思います。インスタだけでは限界なので、SNSや漫画、写真でも語りかけたい。衝撃的な写真をつけるとか、既存のメディアでは伝え切れていないものを、新たな手法で。そうしないと、日本全体がラストベルト(Rust Belt)化しかねない、と思っています。

政治やメディアに求められる“翻訳能力”

村尾信尚さん
――ラストベルトは、米国中西部のミシガン州やオハイオ州などの「さびついた工業地帯」と呼ばれる地域で、トランプ大統領の支持が厚い地域ですね。日本のラストベルト化とは、どういう意味ですか。

村尾 トランプ大統領の就任1年にあたる2018年1月、番組でラストベルト地帯に足を運び、幅広くいろいろな方をインタビューしました。感じたのは、

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