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年金2千万円不足問題で見えた30年後の年金

参院選では期待したほど議論が深まらなかったが……

米山隆一 衆議院議員・弁護士・医学博士

Princess_Anmitsu/shutterstock.com

 参議院議員選挙が迫ってきました。選挙の開始時点においては、年金2千万円不足問題が世間の耳目を集め、選挙戦の大きな争点になるかと思われましたが、それほど議論が深まらないまま、選挙が終わろうとしています。

 しかし、有権者のアンケートでは年金・社会保障問題が第一の関心事であり、今後の日本のあり方を決めるうえで極めて重要な問題であることは論を待ちません。参院選の投票を考える際の最後の材料として、あえて年金問題を取り上げたいと思います。

「年金2千万円不足」問題とは

 ことの発端となった「年金2千万円不足」問題についてあらためてみてみましょう。

金融庁の審議会がまとめた報告書「高齢社会における資産形成・管理」
 ご承知の通り、この問題は金融監督庁の審議会で「年金だけで暮らすには2千万円不足する。」と言う報告書がまとめられ、反響を呼んだというものです。これについて、「年金は安心だ」とする政府・自民党と、「安心でない」と言う野党とで主張が正反対になっていますので、事実関係を整理したいと思います。

 まず、この報告書が示しているのは、具体的な高齢者の家計ではなく、厚生年金を受け取っている全高齢者世帯の収入と支出の「単純平均」です。つまり、厚生年金で暮らす夫婦2人世帯はひと月に「平均」21万円の年金を受け取り、「平均」26万円の支出をしているから、「平均」5万円が不足する。とすれば、30~40年で2千万円程度不足するという計算なのです。

 このことから、「2千万円不足」以外に、以下の重要な事実が導かれます。

 まず、これはあくまで厚生年金を貰っている世帯の「平均」であることです。夫婦で21万円以下しかもらえない世帯も多々あり、特に国民年金であれば、夫婦で11万円程度にしかなりません。その場合、不足額は5千万円程度になります。

 一方でこの計算は、「現在の高齢者は月21万円しか年金をもらっていないのに、月26万円の生活をできている」ということでもあり、これは「高齢者世帯の平均貯金額は2400万円(中央値1500万円)」という内閣府のデータ(平成29年版高齢社会白書)と一致します。

 あくまで平均値ですが、実は現在の高齢者は2千万円程度の貯金があり、貯金と年金を使って夫婦で月26万円という、落ち着いて考えるとそれなりに余裕のある生活を送れているという見方もできるのです。実際、読者のお近くにも、年金暮らしの割にお孫さんに大判振舞いをしている方が、それなりにおられるのではないかと思います。

高齢世代から半減する現役世代の貯蓄額

 しかし、だからといって、政府・自民党の言うように「年金で老後は安心」なのかと言うと、そう簡単ではありません。高齢世帯に比べ、現在の現役世代の貯金額は、世代によって異なりますが、おおむね1300万円(中央値800万円)とほとんど半減します(2018年版家計調査。ライフステージによる影響も考えられますが、あくまで概算ということで考えていただければと思います)。

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 親の貯金は前述の計算上使いはたされ、遺産として残りません。また、現在の賦課方式では、人口構成上30年後の厚生年金の支給額は現在の価値で15万円程度にならざるを得ないと推定されます(この点については、後で解説します)。

 とすれば、今の現役世代が年金と貯金の取り崩しで暮らす場合、平均で月18万円程度になるのですが、これは今の高齢者世代より月8万円低く、生活保護水準に近いレベルです。今の現役世代が、今の高齢者世代と同程度の生活をしようとするなら、さらに4~5千万円程度の貯金が必要ということになります。

世代内と世代間の格差を含む複雑な問題

 以上、「年金2千万円不足」問題は次のように整理されます、

(1)現在の高齢者世代は高度成長期に平均2千万円の貯金をし、現在2人世帯で平均月21万円の年金を受け取り、貯金を切り崩しながら平均月26万円という、そう悪くない生活をしている。

(2)一方で、国民年金しか受け取れない世帯や、貯金がない世帯(30%程度の世帯が無貯金です)は、これよりはるかに低い生活水準である。

(3)30年後には、厚生年金を受給している2人世帯で、平均月18万円程度で暮らすことになる。

(4)30年後に国民年金しか受け取れない世帯や、貯金がない世帯は、(3)より低い生活水準で暮らす事になる。

 要するに、年金2千万円不足問題は、それだけにとどまらす、世代内の格差と世代間の格差を含んだ、非常に複雑な問題なのです。

人口の推移と厚生年金支給額

 ところで、先に「現在の賦課方式では、人口構成上30年後の厚生年金の支給額は現在の価値で15万円程度にならざるを得ない」と書きましたが、その根拠は将来推計人口です(日本の将来推計人口)。

 現在、厚生年金は年間ざっと4400万人の加入者から48兆円の保険料を集め、うち46兆円を3500万人ほどの受給者に給付しています(平成29年度厚生年金保険・国民年金事業の概況)。平均は年間135万円、月あたり11万円で、これが前述した厚生年金の2人世帯の平均支給額21万円(1万円ずれてはいますが)になっています。マクロスライド方式等々の細かい話をするまでもなく、賦課方式においては、基本的には、現在集めた保険料が、現在の受給者に分配されるのです。

 では30年後の2049年はどうなるでしょうか。現在の7462万人の生産年齢人口は5333万人へと30%減少し、現在3592万人の65歳以上の高齢者人口は3859万人へと7%程上昇します。これと同じ比率で、厚生年金の加入者と受給者数が増減すれば、加入者が3144万人、受給者が3760万人と逆転します。この時、加入者が現在と同じ保険料を支払うとすると、保険料収入は33兆円に減少し、これを3653万人の受給者で分配するので、受給額は月額7万6千円になるわけです(経済成長、物価上昇を無視していますが、それは30年後の支給額を現在の価値に引き直した額ということになります)。

 もちろんこれらの数字は概算ですし、マクロスライド方式等々で変わり得ますが、賦課方式を継続する以上、大枠の計算は変わりようがなく、現在の30代が年金をもらう30年後、その支給額はほぼ確実に、現在の平均月11万円から、平均月7万6千円まで低下するのです。

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「30年後の現実」に対処する三つの方法

 この状況は、私たちに大いなる選択を迫ります。

 月7万6千円というのは、ほぼ現在の生活保護水準で、この額をもらっていれば、生きていけなくはありません。しかし忘れてはならないのは、この額は厚生年金受給世帯の平均に過ぎないという事です。現在平均5万5千円の給付で、同様の計算で30年後には平均3万8千円程度の給付になると考えられる国民年金給付者も含めると、30年後、3900万人の高齢者の半分以上、おそらく2千万人以上の高齢者が、生活保護水準以下の年金での生活を余儀なくされることになります。

 こうした人たちを、「自己責任」という一言で放置するのもひとつの判断ですが、生きていけないとなれば、それこそ命がけで食べ物の窃盗等々の犯罪をする人が出てくるでしょう。そんなことをせず、餓死する人も出るでしょう。

 そのこと自体が痛ましいのはもちろんですが、同時に犯罪者は収監しなければなりませんし、餓死者は葬儀等の見送りをしなければなりません。仮にそれを「自己責任」と切り捨てたとしても、社会に多大な対応コストを強いるのです。

 「30年後の現実」に対処する方法は、大きく分けて三つあります。

 第一は、原則として現在の制度を維持することで、おそらくはこれが政府・自民党の立場になります。

 第二は、保険料を上げるなり公費を投入するなり、現役世代の負担を増やすなりして支給額を維持することで、おそらく現在の野党の立場がこれになります。なお、それには現在の保険料を50%程上げる必要があります。

 そして、あまり言われていないのですが、第三の方法として、「給付を平準化する」があります。厚生年金はご承知の通り現役時代の給与に比例して上下するのですが、それを完全に平準化してしまえば、計算上は全員が少なくとも7万6千円、国民年金まで含めて平準化しても一人当たり7万円の給付を受けられ、現役世代の負担を上げることなく、全員が何とか生きてはいける額を支給することが可能になります。

避けられない「第三の敗戦」

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 以上、三つの選択は、いずれもとうていバラ色とは言えないものですが、その原因はほぼ確実に実現する人口分布の推移にあるのであり、避けようがありません。

 昨年の日本の人口が43万人減少し、1億2477万6346人となったことが最近話題になりましたが、人口減少は今後さらに加速し、7年間で300万人、30年間で何と2300万人の人口が減少します。太平洋戦争における官民合わせた死者数が300万人であることを考えると、今後日本は、バブル崩壊を第二の敗戦とすれば、7年後に第三の敗戦を迎え、その後も敗戦を繰り返すとさえ言えます。

 繰り返される「敗戦」に際し、現在の社会保障制度を維持するのであれば、それこそ敗戦時と同様の死屍累々が発生します。それを避けたいのであれば、「現役世代の保険料負担を50%増やす」もしくは「年金の給付額を平準化する」いう、いずれもドラスチックな改革が必要になりますが、私は敗戦後の非常事態に対する対応と考えれば、止むを得ないことなどではないかと思います。

野党がなすべきこと

 以上みてきたように、日本の年金・社会保障制度は、30年後というそう遠くない未来に極めて深刻な事態に陥ることがほぼ確実です。しかし、残念ながら、今回の参議院選挙において、この問題に関して議論が深まったとは言えない状況だと思います。

 その原因に、議論に正面から答えない政府・自民党の態度があるのはもちろんなのですが、一方で、野党側が「対案を出さない」のではなく「対案を出し過ぎている」ことも原因の一つではないかと、私は思っています。

 年金の議論は技術的なところが多く、各党がそれぞれ対案を出すと議論百出し、一般の有権者からすると何を争っているか分かりづらくなり、政府・自民党にすれば、個別のテーマへと議論を小さくできてしまうからです。

 それを避けるためにどうするか? 私は、まずもって野党は、上記の「現状維持」「現役世代の負担増」「平準化」のどれを(もしくはそれらの混合のどれを)有権者に提案するのか、意見を集約すべきだと思います。民主党政権下で年金問題が有権者の耳目を集めたのは、それが新しい問題だったということもありますが、野党の中で民主党が圧倒的なプレゼンスを占め、議論が「政府・自民党」対「野党民主党」の一対一の構図で分かりやすかったということも、大きかったと思います。

 とすれば、今回の参院選には間に合いませんが、選挙後、野党側は政治的手腕を駆使して対案を集約し、一対一の構造を作っていくことが不可欠だと私は思います。それによって、与野党間で年金・社会保障問題についての議論を深め、やがて来る衆院選において、国民に実質的選択肢を提供することを、私は期待しています。