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プライバシー重視で国民の支持得られるのか?

ハリー王子とメーガン妃を例に、王室と国民・メディアの距離を考える

小林恭子 在英ジャーナリスト

結婚後の二つの事件

 ハリー王子とメーガン妃は、昨年5月、ウィンザー城で結婚式を挙げた。式の様子はテレビで生中継され、式後は、敷地内に招待された約1200人の一般市民に結婚を祝福された。「国民が愛する王室」をイギリスの国内外にアピールする絶好の機会となった。

 しかし、ハリー王子とメーガン妃は結婚後、二つの重要なイベントで「極度にプライベートな道」を選択する。

 まず、今年春、初めての子どもが生まれるのを前に、「出産をプライベートなものにしたい」と宣言し、出産場所を公表しなかった。出産予定日は4月末から5月上旬とされたものの、出産後すぐに情報を出すかどうかも明らかにしなかった。

 ダイアナ妃、そして特にキャサリン妃の出産の場合とは大違いだった。

 キャサリン妃の場合、ダイアナ妃と同様にロンドンのセント・メアリー病院で出産することが決まっており、報道陣や王室ファンが病院前に集まった。いよいよ出産となると、ウィリアム王子が一人であるいは先に生まれた子どもたちを連れて、病院にやってくる。病院の中に入るまでの様子をカメラが追う。

 出産が終わって数時間後、完璧なヘアとメイクを施したキャサリン妃が生まれたばかりの子どもを腕に抱えて、ウィリアム王子と一緒に外に出てくる。カメラのフラッシュが次々とたかれ、ウィリアム王子とキャサリン妃が報道陣に向かって、つまりは国民に向かって腕を振る。病院前で長時間待っていたファンも大喜びだ。

 これが「お決まり」の流れのはずだった。分娩室に報道陣のカメラは入っていかないものの、キャサリン妃の出産は国民全員が喜び、祝福する、公的イベントであった。ゆくゆくはこの子どもたちが国家元首になってゆくわけだから、誕生が国家的イベントになるのは当然とも言えた。

 しかし、メーガン妃の場合はどこで出産するのかが不明のため、報道陣やファンはどこで待っていたらいいのか分からなくなった。

 メディア関係者に焦燥感が募る中、5月6日、メーガン妃がアーチー王子を出産した。

 しかし、これもドタバタだった。

 この日午後2時ごろ、英王室は「今朝、メーガン妃の陣痛が始まった」とメディア向けに一斉メールを流した。ところが実際には、この日の早朝、すでに生まれていた。

 メール送付から約40分後、インスタグラムのサセックス公の公式アカウントに、「男の子でした。6日の早朝に誕生」と書き込みがあったからだ。

 さらに番狂わせが起きる。 ・・・ログインして読む
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筆者

小林恭子

小林恭子(こばやし・ぎんこ) 在英ジャーナリスト

秋田県生まれ。1981年、成城大学文芸学部芸術学科卒業(映画専攻)。外資系金融機関勤務後、「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)記者・編集者を経て、2002年に渡英。英国や欧州のメディア事情や政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。「新聞研究」(日本新聞協会)、「Galac」(放送批評懇談会)、「メディア展望』(新聞通信調査会)などにメディア評を連載。著書に『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

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