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「モリカケ」を凌いで令和を迎えた安倍政権の本質

平成政治の興亡 私が見た権力者たち(20・最終回)

星浩 政治ジャーナリスト

小池都知事の台頭と衆院解散・総選挙

 このように2017年の前半は、森友学園と加計学園の問題、いわゆる「モリカケ」疑惑が世を騒がせ続けた。にもかかわらず、安倍首相は衆議院の解散・総選挙のタイミングを狙っていた。

 なぜ、一見不利にも見えるこの時期に、首相は選挙を仕掛けようとしたのか。ひとつの理由は、2016年7月に自民党衆院議員から東京都知事に転身した小池百合子氏の存在である。

 都知事就任後、小池氏は築地市場の豊洲移転に待ったをかけるなど数々のパフォーマンスで世論の支持を集めた。17年7月の都議選では、自らが率いる「都民ファーストの会」を圧勝させ、国政進出を狙う構えを見せていた。その勢いを抑え込むためにも、17年中の解散・総選挙が望ましいというのが、安倍首相の判断だった。

 「大義名分」として考えられたのは、19年10月に消費税を8%から10%に引き上げるのにあたり、幼児教育の無償化などに使途変更することの是非を問うこと。北朝鮮が弾道ミサイルの発射実験を繰り返すなか、「安全保障上の危機対応を問う」という狙いもあった。

新党に丸ごと合流の賭けに出た民進党の前原代表

拡大会談を終え、報道陣の質問に答える希望の党の代表の小池百合子・東京都知事(左)と民進党の前原誠司代表=2017年10月5日、東京都新宿区

 一方、野党の民進党は「小池旋風」に押されて影が薄かった。自民党同様、都民ファースト躍進のあおりで、都議選に敗北した責任をとって蓮舫代表が辞任。後継には前原誠司氏が就いたが、党勢は伸び悩んでいた。

 総選挙に突き進む安倍首相に対し、前原氏は「賭け」に出た。小池都知事と連合の神津里季生会長をまじえて会談。小池氏が結成する新党「希望の党」に民進党が丸ごと合流、「反安倍連合」を形成して戦うという作戦で合意した。都市部は無党派層に強い希望の党、地方は労組票を持つ旧民進党がそれぞれ力を発揮すれば、一気に政権交代も可能だという読みがあった。

 それでも安倍首相は9月28日、当初の方針通りに衆院を解散。10月10日公示、22日投票の日程が確定した。政局が緊迫するなか、解散翌日の9月29日、小池氏から致命的な発言が飛び出した。

 新党陣営では、公認候補の調整が進んでいた。民進党系の陣営は、候補者の大半を公認するよう求めていたが、憲法改正に反対し、「安保法制は違憲」と唱えるリベラル系勢力を念頭に、小池氏は「排除いたします」と明言したのだ。

 この発言にリベラル系候補者は強く反発。枝野幸男氏を代表に立憲民主党を結成した。新党・旧民進党の陣営は結局、希望の党、立憲民主党、無所属に分裂して戦うことになった。

失敗に終わった小池・前原両氏の戦略

拡大「立憲民主党」の結成について会見する枝野幸男氏=2017年10月2日、東京都千代田区
 総選挙ではモリカケ問題が大きな争点となったが、安倍首相は正面から答えることはなく、野党も攻めきれなかった。投票の結果、自民党は改選前の284議席から1減の283議席。公明党は34議席を29議席に減らしたが、自民、公明の与党では312議席で、衆院全体の3分の2を上回った。

 野党は立憲民主党が改選前の15議席から54議席に伸ばし、希望の党は57議席から49議席に減らした。希望の党の大半の議員はその後、「国民民主党」を結成。玉木雄一郎氏を代表に選んだ。反自民陣営を一本化しようとした小池、前原両氏の戦略は失敗した。

 前原氏は、総選挙での敗北を受けて、私の取材にこう語った。

 「民進党の行き詰まりを打開するには、希望の党に合流するしかないと思ったが、博打だった。博打で政治をやってはいけないと痛感している」

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筆者

星浩

星浩(ほし・ひろし) 政治ジャーナリスト

1955年福島県生まれ。79年、東京大学卒、朝日新聞入社。85年から政治部。首相官邸、外務省、自民党などを担当。ワシントン特派員、政治部デスク、オピニオン編集長などを経て特別編集委員。 2004-06年、東京大学大学院特任教授。16年に朝日新聞を退社、TBS系「NEWS23」キャスターを務める。主な著書に『自民党と戦後』『テレビ政治』『官房長官 側近の政治学』など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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