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オマールエビで大臣辞任。仏政界を狙うメディア砲

議長官舎で開いた晩餐会は「公的」か「私的」か?辞任の決め手は豪華すぎる食事の写真

山口 昌子 在仏ジャーナリスト

環境相の引き継ぎの式典に出席したフランソワ・ドルジ前環境相とセヴリーヌ夫人=2019年7月17日、パリ(AP)

左派系ニュースサイトがすっぱ抜いた公費晩餐会

 オマール(車エビ)の山と銘柄ワインが並ぶ豪華な食卓にフランス人の怒りが爆発。グルメの国フランスで、豪華晩餐会に端を発した政治家とメディアの丁々発止の戦いが、世間を賑わしている。公費による晩餐会をすっぱ抜かれた大臣は辞任に追い込まれたものの、「身の潔白」を訴えてメディアを名誉棄損で告訴。だが、メディアも負けておらず、官舎の公費による改装・修理問題も指摘。両者の争いは当分、続きそうだ。

 7月16日に環境相を辞任したのは、フランソワ・ドルジ前国民議会(下院)議長(45)だ。すっぱ抜いたのは、このところ特ダネ連発の左派系ニュースサイト・メディアパルト。ドルジが国民議会議長時代(2017年5月~2018年9月)に、公費を使って議長官舎で主催した晩餐会12回が、「私的な会食だった」と指摘した。つまり、「職権乱用、公金横領」だ。

 この記事だけなら、フランスでは「よくある話」で驚くに当たらない。なにしろ、食べた御馳走を吐きながら、次々と御馳走を平らげ、甘いデザート類で歯がボロボロになった王様がいた国のこと。上下議会の議長や大臣はもとより、各官庁のトップのために官舎や省内に立派な個別の食堂があり、専任のシェフが腕を振るう「会食」が頻繁に実施されているからだ。大半は仕事を兼ねた「会食」だが、友人、知人を招待しての「私的」な場合も少なくない。

 シラク元大統領が現役のころ、エリゼ宮(大統領府)の食費が異常に高騰したことがあった。「ドイエ(柔道の五輪の金メダリスト。1996年に95㌔以上、2000年に100㌔以上で優勝)を養っているから」と冗談まじりに囁(ささや)かれたことがある。ドイエは約125㌔の大食漢。シラクと親しく、ベルナデット夫人の慈善事業の手伝いもしており、エリゼ宮に頻繁に出入りしていた。後に政界に進出、右派系の国民議会議員も務めた。

燭台、オマール、銘柄ワイン。まるで王侯貴族の食卓

 私的会食は、「エライ人の特権」に甘いフランスの中央集権国家の特徴でもあるが、今回、辞職に発展したのは、このすっぱ抜きの記事に添付された写真によるところが大きい。

 ノーネクタイで満面の笑みをたたえたドルジの前の白いテーブルクロスに覆われた食卓には、年代物の見事な大型燭台が置かれ、バラの花ビラが散らされている。そして、食いしん坊のフランス人が目をむいたのが、脇のテーブルに積まれた赤いナプキンに1匹ずつ包まれたオマール(車エビ)の山と銘柄ワインだ。まるで王侯貴族の食卓!

 メディアパルトによると、この日は2018年2月14日、バレンタインデーだ。しかも、食卓には、2人分の食器しか見当たらない。ドルジがゴシップ女性誌「ガラ」の敏腕記者セヴリーヌ夫人と結婚したのは2カ月前。どう見ても、2人だけで初のバレンタインデーを祝ったとしか思えない光景だ。

Alexander Raths/shutterstock.com

「オマールを注文すると嫌われる」

 オマールと言えば、フランスで留学生暮らしをしていた頃、素敵な日本女性の先輩にこう忠告されたことがある。

 「レストランで絶対にオマールを注文してはダメ。もし注文したら、嫌われて二度と招待してもらえなくなる。嫌われてもいい相手なら、注文してもいいけれどね」

 オマールは今もむかしも、最高に高価な料理の象徴。嫌われてもいい相手との食事でも、メニューにある一番高いものを注文するのは下品なことだと思ったので、私は最高に美味なオマールを注文したことはない。

 ちなみに当時も今も、気取った高級レストランでは、女性に渡すメニューには料理の価格が書かれていない。「女性に値段に関係なく、好きな料理を選ばせるため」という“男心”からだとか。

「虚構の告発」と名誉毀損で告訴

 話を戻す。メディアパルトはさらに、特ダネ第2弾として、ドルジが議長官舎の改装・修理費に公費から約6万3000ユーロ(約800万円)を支払ったこともすっぱ抜いた。ドルジが当初、「会食はすべて公的。修理も住めない状態だったから」と辞任を拒否したので、国民議会が調査委員会を組織して調査を実施。その結果、12回の会食のうち、バレンタインデーとクリスマスイブの会食など3回以外の9回は公的会食と認めた。改装・修理費に関しても、「08年以来、手入れなし。場所によっては03年以来なし」で公費負担も致し方なしと認めた。

 ドルジは3回分の晩餐会の費用を支払うことには同意したが、7月23日の国営TV「アンテーヌ2」で、「何らやましいことはない」と身の潔白を繰り返し主張した。夫人はアルコールを嗜(たしな)まず、エコロジストのドルジ自身も少々楽しむ程度で、銘柄ワインやシャンパンはすべて招待者のためと抗弁し、メディアパルトを「破壊目的のジャーナリズム」、「フランス共和国の破壊者」と非難した。

 すべてはドルジとセヴリーヌ夫人の追い落としを目的にした「虚構の告発」と断定。「“ドルジ事件”ではなく、これは“メディアパルト事件”だ」と糾弾し、同サイトを名誉棄損で告訴したことも明らかにした。

反論するメディアパルト

Microgen/shutterstock.com
 これに対し、メディアパルトの創立者で編集長のエドウィ・プルネルが、ニュース専門のテレビで、「共和国を弱体化しているのは我々ではない。このような事件だ」と反論。同サイトの取材記者たちも、国民議会の調査委員長は議会の事務局長で、ドルジのかつての部下で、委員も身内による「形式的なみせかけ調査」である。「公的」と認められた9回の会食も10人から20人の会食者は全員がセヴリーヌ夫人作成のリストによるもので、毎回、彼女の知人や友人のジャーナリストらが含まれている。そして、「会食のテーマはなかった」と会食者の証言を披露し、「公的な性格とはいいがたい」と主張している。

 ドルジは仏南西部ナント出身の環境党議員で、左右の二大政党が長年、君臨してきた中央政界とは無縁だった。マクロン政権誕生で、環境政党がにわかに脚光を浴び、国民議会議長に就任。次いで、政権の目玉だった環境運動の活動家、二コラ・ユローが突然、辞任したために、急きょ、入閣した。

 そこでジャーナリストで顔の広い夫人が「内助の功」を発揮、

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