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姜尚中氏に聞く。最悪の日韓関係をつくり出すもの

【番外】ナショナリズム 日本とは何か/いがみあう歴史の亡霊たち

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

「統一ナショナリズム」への動き

――おっしゃるように応酬の原因は様々でしょう。ただ私には、冷戦下の朝鮮半島で分断国家として生まれた韓国で、近代国家としてまとまろうとするナショナリズムの模索が、なお続いていることが背景にあるように思えます。

 韓国のナショナリズムは途上にあります。いま韓国で起きていることは、朝鮮半島を南北に分断するナショナリズムを克服し、統一ナショナリズムをつくろうという動きです。北朝鮮にも金日成主席を建国の父とするナショナリズムのストーリーがあるので、それと合致するかはまだわかりませんが……。

拡大今年は3・1独立運動から百年。3月1日、日本の植民地時代に独立運動家らが捕らえられていたソウルの西大門刑務所の跡で記念集会があった=朝日新聞社
 韓国にとって、日本の植民地支配から解放された朝鮮半島の南側で建国した1948年は分断ナショナリズムの起点と言えます。では、北朝鮮に対する反共主義を超えた統一ナショナリズムの起点をどこに置くか。文大統領が考えるのは1919年です。

 日本が朝鮮半島の大韓帝国を併合したのは1910年ですが、植民地支配への抵抗運動が1919年の3月1日にソウルから始まり、上海に臨時政府もできました。この3・1独立運動こそ国民国家を築くためのコリアの始まりだ、と文大統領は思うわけです。

 戦後日本から見て、そんな韓国はとてもわかりづらい。北朝鮮という、韓国と全く別個で、しかも日本に脅威を与える国と一緒になることが理解できないのでしょう。そのギャップが互いの不信感を高めています。

和解なき植民地支配

――日本にすれば南北接近が親日的な形で進めばいいのですが、文政権が南北接近の一方で示す日本への姿勢を見ると心配になります。1965年の日韓国交正常化の際に植民地支配当時の請求権問題は解決したはずなのに、なぜ慰安婦や徴用工だった方々への賠償問題が韓国で吹き出し、日本との関係を悪化させるのでしょう。

 それは、日本の植民地支配について、1965年に根本的には和解していないからです。国交正常化をした日韓基本条約では、1910年の韓国併合に至る両国間の条約について無効と明記しましたが、いつ無効になったかの認識はくい違っています。

拡大1930年頃、日本の植民地支配の拠点だった朝鮮総督府。いまのソウルにあったが、日本敗戦による解放から50年を機に金泳三大統領の指示で撤去された=朝日新聞社
 韓国併合条約について、日本側は、合法に結ばれたが、日本が敗戦を経て主権を回復したサンフランシスコ講和条約により「朝鮮の独立を承認」したことで無効になったと主張。韓国側は、日本が力を背景に韓国の主権を踏みにじって結んだ条約なので最初から無効だと主張して折り合わず、「もはや無効」という曖昧な表現で何とかまとめた経緯があります。

 これは実は、非欧米世界で初の近代国家を樹立した戦前の日本をどうみるかに関わってきます。日本は戦争で道を誤ったという時、多くの見方は中国侵略を本格化させた満州事変からというものでしょう。司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」にあるように、明治維新から日清・日露戦争まではかなり肯定的に捉えられている。

 ところが韓国側からすると、日本の砲艦外交は李氏朝鮮を不平等条約で開国させた明治初期から始まっていて、それが日清・日露戦争を通じて韓国併合を生み、統一ナショナリズムの起点である3・1独立運動へとつながっている。

 しかも、韓国併合条約が当初から無効かどうかは植民地支配の評価につながります。日本側には鉄道や港湾をつくっていいこともしたという見方もあるでしょうが、韓国側にすれば、それこそ慰安婦や徴用工が生まれたとても苦しい時代だった。日本の敗戦後も朝鮮半島は分断国家になり、数百万人が死んだ朝鮮戦争の特需で日本は復興しました。

 その日本との国交正常化で植民地支配について曖昧(あいまい)にされた我々は一体どういう存在なのかという葛藤が、韓国ではずっとくすぶっています。だから僕は、この問題はいつか出てくると思っていました。

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筆者

藤田直央

藤田直央(ふじた・なおたか) 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

1972年生まれ。京都大学法学部卒。朝日新聞で主に政治部に所属。米ハーバード大学客員研究員、那覇総局員、外交・防衛担当キャップなどを経て2019年から現職。著書に北朝鮮問題での『エスカレーション』(岩波書店)

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