メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

野党が東北で健闘、与党が都市で勝った本当の理由

「今は都市で与党改憲派が強く、地方で野党護憲派が強い」という説明は正しくない。

米山隆一 衆議院議員・弁護士・医学博士

開門と同時に初登院する参議院議員たち=2019年8月1日、国会前

東北で2勝5敗に終わった与党

 臨時国会が1日に開かれ、先般の参議院議員選挙で当選をはたした議員たちが、決意もあらたに国会に登院をしました。今回の参院選を振り返ると、32ある1人区で、自民党は22勝10敗とトータルでは完勝したといえると思いますが、岩手、宮城、秋田、山形、新潟、長野、滋賀、愛媛、大分、沖縄で負け、ことに我が地元新潟を含む東北7県(新潟は東北に含まれるかは新潟県人的には微妙な問題ですが、今回は含まれるとして扱います)では、与党の2勝5敗と、与党のこの地域での弱さ、裏返せば、野党の健闘が際立つ結果となりました。

 一方で、例えば6議席ある東京選挙区では、自民が2議席、自民+公明+維新で4議席を獲得し、大阪では4議席中維新2、自民+公明+維新で4議席を獲得するなど、与党側(維新が与党に含まれるかも、大阪府民・維新支持者的に微妙な問題なのだろうと思いますが、今回はある面では与党、ある面では野党として扱いました。)が圧勝と言える状況となっています。

 この結果について、憲法改正に熱心な論者などは、「かつては都市でリベラルが、地方で保守が強かったが、今は都市で与党改憲派(自民、公明、維新)が強く、地方で野党護憲派(リベラル系野党)が強い。これは、今や有権者にとって、与党改憲派がリベラルであり、野党護憲派が保守と映っているからである」と解説し、少なからぬ人がこの論説を支持していますが、これは本当でしょうか?

 以下、本稿では、今回の参議院選挙で野党がなぜ東北で健闘したのか、その本当の理由を考えてみたいと思います。

「地方は野党護憲派が強い」は間違い

参議院の登院表示盤を押す打越さく良氏。打越さんは新潟選挙区で野党各党の支援を受けて当選した=2019年8月1日午前8時13分、国会内
 まず、私には縁が深い新潟県を例にとって話しましょう。今回、野党候補が与党候補を破りましたが、長らく新潟での選挙に携わってきた者として、先述した選挙結果分析には端的に違和感を覚えます。

 まずもって、「地方で野党護憲派が強い」が正しくありません。確かにこの参院選において、野党候補は東北地方で健闘しました。とはいえ、地方の中の地方と言えるいわゆる「郡部」は、圧倒的に保守の地盤であり続け、野党候補の健闘は、県庁所在地に代表される「1区」における支持の強さが主な原因でした。「地方で野党が強い」はより正確に言うならば、「地方における主要都市で野党が強い」なのです。

 そもそも、今回の参議院選挙で最も重視したい政策課題として有権者が挙げたのは、トップが「社会保障」で29%、以下、「経済政策」が21%、「消費税」が19%で続き、「憲法改正」を挙げたのは8%に過ぎませんでした(NHK世論調査)。また、地方と都市の双方の有権者と接してきた経験からしても、地方において「護憲」に関心が高いとは到底思えません。あえて言えば、都市では「改憲」に対する許容度が地方よりは高いかもしれませんが、それも限定的です。

 むしろ実感としては、地方と都市における与党、野党の支持の差は、まさにNHKの世論調査が示す通り、「社会保障」「経済政策」についての評価の違いが影響している様に思えます。

「ぬるま湯」成長に満足する都市の有権者

 残念ながら、地方と都市で興味のある政策と政党支持を詳細に比較したデータがなく、「感覚」の話になってしまうのですが、地方と都市において、政策に対する考え方がもっとも違うのは憲法問題などではなく、「現行の経済政策継続への信認」と、その裏返しとしての「社会保障の必要性」ではないかと、私は感じています。

robert cicchetti/shutterstock.com
 都市、ことに東京は、アベノミクスの恩恵を受ける大企業が集中し、その波及効果は小さくありません。それ以前の問題として、東京は平成8年から現在に至るまで、年間10万人、0.7%程度の割合で、一貫して人口が増加し続けています。

 人口が増え続ける限り、原則として地価は上昇し、新しい住宅が作られ、新しい街ができ、新しい店舗ができます。人々は現状の「経済政策」に満足し、生活への不安は比較的小さく、「社会保障の必要性」はさして自覚されません。

 ただ、経済政策が満足するに値するかといえば、疑問を禁じ得ません。アベノミクスによる経済成長は、2012年~18年の6年間に名目GDPで11%とされているものの、統計の変更により30兆円増加した分を差し引けば、掛け声倒れの4.7%にとどまります。7%程とされている実質GDPの伸びも、統計による増加分を差し引くと、わずか1%程度に過ぎず、「大きな成長」と胸を張れるようなものではないのです。

 にもかかわらず、リーマンショック後の不景気と、与党側がさかんに喧伝する「民主党時代の悪夢」がトラウマとなっているのか、都市の有権者はこの程度「ぬるま湯」成長の現状に満足しているように見えます。そこでは、変革への期待や意思はすっかり失われています。

 換言すると、都市における与党支持の高さは、都市の有権者がより大きな成長を目指した変革への意思を失い、アベノミクスの金融緩和と、人口の継続的増加によってもたらされている、経済と社会の相対的安定に満足して「保守化」したことにより、社会保障の必要性を感じないまま、いまの経済政策の継続を求めて与党に一票を投じていることが原因だと思えます。

社会保障、経済政策の改革を求めた地方の有権者

 これに対して、地方、ことに東北地方では、年間0.7~1.5%の人口減少に見舞われています。ちなみに、野党系が勝った各県の人口減少率を見てみると、岩手(-1.12%、3位)、宮城(-0.33%、36位)、秋田(-1.47%、1位)、山形(-1.04%、6位)、新潟(-0.92%、10位)、長野(-0.6%、20位)、滋賀(-0.01%、42位)、愛媛(-0.9%、11位)、大分(-0.75%、14位)、沖縄(-0.31%、46位)と、宮城、滋賀、沖縄をのぞけば、軒並み上位にあります(日本の人口推計)。

 人口が減る地域では、同じことをしていても、地価が下がり、空き家が増え、店舗が消えて行きます。地方の経済と社会は、まさに衰退の危機に瀕しているのです。

rujin/shutterstock.com
 こうした実態は、地方の有権者に、救済策としての社会保障の必要性を強く実感させると同時に、現行の経済政策の変革を求める機運を生みます。これに対し、与党-特に地方自民党は「アベノミクスの果実の波及」を唱え、昭和の高度成長以来、10年1日どころか50年1日のごとく繰り返してきた「中央とのパイプを生かした大型公共事業による地方創生」にすがるのですが、それが実現しないことは、目の前の現実が示しています。

 要するに、地方においては、人口減少が引き金となって生じている経済・社会の衰退が、「社会保障の必要性の自覚」「経済政策への失望」を生み、それが与党への不満というマグマとなってたまっているのです。

 とすれば、地方における野党の健闘は、人口減少によって経済、社会が衰退していく現実の中で、地方の有権者が社会保障の必要性を自覚し、従前の経済政策にも失望したことで「リベラル化」し、社会保障制度、経済政策の改革を求めて「野党」に一票を投じていることが原因のように思えます。だからこそ、地方といっても郡部ではなく、改革によって経済・社会の好転が期待できる余力のある地方主要都市において、野党票が集まったのだと思います。

野党共闘の積み重ねも奏功

 くわえて、ここまで述べてきた社会背景のもと、東北各県では以前から選挙を通じて与野党の勢力が拮抗する「政治状況」がつくられていたことが、今回の参議院選挙における東北での野党健闘のもうひとつの理由でしょう。

 私の地元である新潟県は、田中角栄・元首相を輩出した保守王国でしたが、恐らくは上記の様な社会背景をもとに伝統的に野党系も強く、2016年には、参議院選、知事選(私が当選しました)で野党側が連勝しています。

  選挙の現場にいたものとして、正直言って「野党共闘」は当初、極めてぎくしゃくしたものでしたが、勝ちが重なれば、人は相互をたたえ合い、相手の良いところを見るようになります。回数を重ねるごとに、各党会派が徐々に信頼関係を深めるようになりました。

 有権者の側も、当初は野党共闘に半信半疑だったでしょうが、勝ちが重なれば、「もしかして、野党統一候補も勝つかもしれない」と期待するようになります。選挙では、この「勝ち馬期待」を集めることは極めて重要なことで、これがなければ入り口の段階で人は見向きもしてくれません。

 まとめると、今回の参議院選挙における東北地方での野党健闘は、人口減少に伴う地域経済・社会の衰退を背景とした社会保障制度、経済政策の改革の必要性という社会背景と、そこから生じた個別の勝利を基に野党共闘を積み重ねることによって形成された与野党拮抗の政治状況との、相乗効果の結果であったと私は思います。

人口減少が進展する一方の日本

 上記の分析は、「自民1強」が言われて久しい今後の日本政治に、新たな変化の芽を予予言します。

・・・ログインして読む
(残り:約1348文字/本文:約5197文字)