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民有地で起きた米軍規制 沖縄の記者が抱える屈辱

日本人で立ち入りを許されたのは、封鎖する憲兵の食事を届ける宅配ピザ店員だった。

松元剛 琉球新報社執行役員・編集局長

立ちふさがって叫んだ。「ノー・カメラ」

 現場前の道路に戻り、カメラを構えようとすると迷彩服を着た米兵が立ちふさがって叫んだ。「ノー・カメラ」。基地外の道路で、米兵の規制を受ける理由はない。墜落した機体の財産権は米軍に属するという記述はあっても、日米地位協定にも民間の土地を米軍が制御する権利は書かれていない。しかし、殺気だった米兵たちは撮影妨害を続け、こちらが怒鳴っても、腰の辺りに回した手を放さず、道路の反対側に押し出されることが続いた。

 同僚や他社の記者の多くが、道路の反対側の民家側に回って撮影場所を確保していた。その民家の2階には若い母親と生後2カ月の赤ちゃんがいたが、その上を網の入ったアルミサッシを突き破って飛び込んだ部品が室内の壁にめり込んでいた。取材した記者の誰もが「よくけがをしなかったものだ」と思った。

 基地問題を長く追ってきたこともあり、私は墜落現場周辺の取材は同僚たちに任せ、墜落事故の原因をたどれる現場はないかを探った。知り合いの県警の捜査員に電話を入れ、墜落現場から約300メートル離れた志真志公民館のわきの土手に、大きな部品が落ちているとの情報を得た。

沖縄の記者が抱える屈辱①拡大ヘリ墜落現場を撮影しようとするテレビ局のカメラマンの撮影を妨害し、力ずくで排除しようとする米海兵隊員=2004年8月13日、宜野湾市宜野湾の沖縄国際大学近く、琉球新報提供

撮影妨害に怒りが爆発した

 大学への米軍ヘリ墜落という異常事態に強い怒りを覚えたが、「冷静になれ」と自分に言い聞かせ、急いで公民館裏に向かった。急斜面の下の草地に3、4メートルはありそうな大きな部品が落ちていて、青いシートが覆っていた。市道沿いに黄色の規制線テープが張られ、そこも立ち入りが規制されていた。

 私がカメラを構えると、4、5人の若い米兵が人垣を作って妨害した。ラグビーのステップを踏むように右に左に動いても彼らは追ってきて瞬時に人垣をこしらえ、撮影を邪魔した。いたちごっこが続いた。

 「邪魔だ、どけ」と叫び、私は跳び上がったり、じだんだを踏んだりしながら抗議の意思を示したが、撮影妨害は続き、らちがあかない。怒りが爆発した。思わず、荒っぽいウチナーグチが口を突いて出た。「いったー(お前ら)、たっくるさりんどー(ぶっ殺すぞ)」。 ・・・ログインして読む
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筆者

松元剛

松元剛(まつもと・つよし) 琉球新報社執行役員・編集局長

 

1965年那覇市生まれ。駒澤大学法学部卒。89年琉球新報社入社。社会部警察・司法担当、中部支社報道部、2度の政経部基地担当、編集委員、経済部副部長などを経て、2010年4月から政治部長兼論説委員。13年4月から編集局次長兼報道本部長、16年6月から論説副委員長を兼務。17年4月に読者事業局次長、18年6月から執行役員・読者事業局特任局長。19年4月から現職。

 

共著に『徹底検証 安倍政治』(岩波書店)、『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』(角川書店 新書oneテーマ21)、『検証 地位協定 ―日米不平等の源流』(琉球新報社編、高文研)、『〈沖縄〉基地問題を知る事典』(吉川弘文館)、『ルポ・軍事基地と闘う住民たち』(琉球新報社編、NHK出版)、『観光コースでない沖縄(第4版)』、高文研)、『沖縄 自立への道を求めて』(高文研)など。

 

雑誌『世界』(岩波書店)で、2008年4月から輪番コラム「沖縄(しま)という窓」を連載中。

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