地位協定は日本の主権をどれだけ担保しているのか
環境汚染が起きれば、許可なく基地内に立ち入る権限を持つドイツやイタリアとの差。
松元剛 琉球新報社執行役員・編集局長
基地内で起きる出来事は、事故だけではありません。環境汚染や環境破壊も、沖縄の記者たちが関心を寄せています。ネガティブな取材への許可はハードルが高いものの、一定の理解を示す米軍関係者もいるそうです。琉球新報の松元剛執行役員・編集局長によるシリーズ「基地の島・OKINAWAの今と未来への展望」。第2部の3回目では、取材していくと実は日本政府の官僚こそ後ろ向きな対応を米軍に促していた事実が浮かび上がった取材を通じて考えています。環境汚染が起きれば、許可なく基地内に立ち入る権限を持つドイツやイタリアとの差だと言います。(論座編集部)
環境保全に立ちはだかる官僚
在沖米軍内にも、沖縄の豊かな自然環境と基地運用の両立を図ろうとする専門家がいる。先述したように、琉球新報政経部の基地担当記者だった1998年、私は「点検 基地汚染」のテーマで、米軍基地の環境汚染問題をキャンペーン報道したことがある。米4軍がそろって、琉球新報の環境問題の取材は受けないと足並みをそろえる中、われわれの報道に一定の理解を示していた在沖海兵隊の自然保護担当官がいた。彼は「私たちも米軍の訓練によって沖縄の豊かな自然を損なわないよう、配慮したい。そこは理解してほしい。だが、日本政府内に迷惑がる雰囲気があることもぜひ活字にしてほしい」と証言していた。
基地運用が及ぼす環境破壊に歯止めをかけるのは、日本政府の責務だが、基地の環境保全をめぐる米側の積極姿勢をうとましく認識し、基地所在自治体の強い要望に反し、後ろ向きな対応を米側に促していた防衛官僚の暗躍が明るみに出たことがある。本土では全く報じられなかった事実である。
2018年5月13日付琉球新報は1面で、「米の前向き姿勢阻む 元防衛省局長 『基地浄化』に横やり」の見出しで、内部告発サイト「ウィキリークス」が公開した駐日米大使館発の米機密公電を報じた。民主党政権誕生直後の2009年10月中旬、日米両政府の局長級による公式・非公式会合が開かれた。当時の民主党政権が普天間飛行場の名護市辺野古移設計画を検証するとしていたことを踏まえ、開かれた協議だった。

ウィキリークス公開情報を基に、米側が理解を示した基地浄化の対応に横やりを入れて制止した防衛官僚を報じた、2018年5月13日付琉球新報1面
「ウィキリークス」が公開した駐日米大使館発の米機密公電を日本語に訳すと、こんなやりとりが報告されていたことがわかった。
長島昭久防衛副大臣(当時)がキャンベル国務次官補らに対し、辺野古移設を進める場合、日米地位協定に関係した環境保全策(自治体の基地内立ち入り許可など)の強化も併せて進めるべきだと提言した。ドイツや韓国が米国と締結した協定を「先進事例」と例示していた。
辺野古の新基地建設に対する沖縄県民の厳しい世論を和らげる必要性を熟知していたキャンベル氏は、「米国は柔軟な姿勢を示せる」と応じたが、政治家である長島氏が昼食時に席を外すと、当時の防衛省防衛政策局長だった高見沢将林氏(現日本政府軍縮大使)が「米政府が柔軟な態度を示せば、地元がより基地への立ち入りを求め、環境汚染を浄化するコストを背負いかねない」という懸念を示していた。
自国の基地所在自治体の利益、ひいては自国が提供した基地内の環境保全に結び付く米側の積極対応にブレーキをかける、国益に反する省益最優先の発言だった。この会合は、普天間飛行場の移設先について「最低でも県外」とする公約を掲げた鳩山由紀夫氏が首相に就いて初の正式交渉だったが、昼食会の席で、高見沢氏は「米政府にはあまり早計に柔軟さを見せるべきではない」とも述べ、釘を刺していた。
在沖米軍基地で有害物質の流出事故などが起きるたび、沖縄県や地元市町村は立ち入り調査を求めてきたが、米側が日米地位協定の定める最強の権利とも言える「排他的管理権」を盾に拒む事例は今も後を絶たない。環境汚染が起きれば、米軍側の許可なく、基地内に立ち入る強い権限を持つドイツやイタリアとは格段の差がある。対米従属が色濃い日米安保の中で増幅された日本の官僚の倒錯した思考回路も、基地の重圧を増幅させる一因になっている。

ドイツにある米陸軍アンスバッハ駐屯地周辺で行われている環境汚染の除去作業の様子。ドイツでは米軍が環境汚染除去を自らの責任で、また地元当局とも協力して行うことになっている(同基地資料より)=琉球新報提供
ひそかに削除した外務省ホームページ
今年1月、外務省のホームページに掲載されている「日米地位協定Q&A(問4)」がひそかに修正された。というよりは「不都合な真実」の削除である。
外務省は米軍に日本の法令を適用しない理由として挙げていた「国際法の原則」の文言を削除した。米政府の諮問委員会が「国際法の原則」について外務省とは逆の解釈を打ち出してきており、国会でも野党から整合性を問う声が上がっていた。
外務省のホームページの「日米地位協定Q&A」では、これまで「一般国際法上、駐留を認められた外国軍隊には特別の取り決めがない限り接受国の法令は適用されず、このことは日本に駐留する米軍についても同様です」と明記し、これは「国際法の原則によるもの」だと説明していた。
一方、米国務省の要請を受けた国際安全保障諮問委員会がまとめた報告書では、当該国の法律の適用対象となることが「基本的な国際法のルール」と指摘しており、外務省と逆の立場になっている。
外務省はホームページの説明をひそかに修正した。「一般に、受け入れ国の同意を得て当該受け入れ国内にある外国軍隊及びその構成員等は、個別の取り決めがない限り、軍隊の性質に鑑み、その滞在目的の範囲内で行う公務について、受け入れ国の法令の執行や裁判権等から免除される」と変更し、「一般国際法上」「国際法の原則」の文言を削った。
その後、国会で追及された河野太郎外相はなお、米軍に受け入れ国の法令が及ばないとする「原則不適用」の立場を変えたわけではない、と説明している。どこまでも、米国に譲歩した地位協定の運用を続けるという宣言に聞こえる答弁である。

横田基地に着陸したオスプレイ=2018年4月5日、東京都福生市