日韓亀裂の正体は「初の報復」対「挙国防衛」/修復不能を危惧する緊急声明
2019年08月02日
安倍政権は2019年8月2日、韓国を輸出手続きの優遇国(ホワイト国)から外す政令改正を閣議決定した。
慰安婦、徴用工問題を発端に対立が悪化の一途をたどる日韓関係。友好都市同士の交流会やスポーツ対抗戦が延期・中止され、韓国内での日本製品ボイコットといった市民生活まで影響は及んでいる。
この事態は、「戦後最悪」というよりも、次元の違う新しい2国間関係に入ったとみるべきだろう。
それは、日本が過去に手をつけることがなかった「報復」という手荒な手段を選び、韓国は国家総動員でハリネズミのように全身を逆立てて「防衛」に出るという構図だ。
背景にあるのは、韓国を「敵視」する日本の外交態度だ。
このまま「報復」と「防衛」の応酬が続けば、盾と矛のように、どちらか、あるいは双方が傷つき、回復には相当時間がかかることは間違いない。
また日韓摩擦…という「摩擦」のイメージでは今回の対立は語れない。
歴史認識をめぐって、かつて教科書の記述、靖国神社への首相参拝、竹島領土問題をめぐる発言、植民地支配の是非をめぐる政治家の発言、慰安婦への補償に関する措置の是非、と様々な軋轢があった。
しかし、これらは「認識」の問題であり、海を越えて双方に伝わる言葉は「妄言かどうか」という見方の問題であり、参拝問題などは「内政干渉」という反論も可能だった。だから、ある程度の時が過ぎれば冷静さを取り戻すことができた。
今回の日本の措置は、戦後の日韓史上例がない、「日本が悪意をもって韓国を標的として能動的に決断した行為」であるのが最大の特徴だ。
韓国の半導体産業にどれほどの打撃を与えるか、あるいは日本企業にも跳ね返ってくるリスクが大きいのではないか、という見立ては経済的には正しいのだろうが、本質ではなく派生する問題といえるだろう。
日本の措置を受けて韓国が態度を硬化させるニュースが、続々と耳に届く。
7月22日、韓国国会の外交統一委員会で日本に規制撤回を求める決議案を全会一致で可決した。この決議で日本が踏みとどまるはずはないが、日ごろの激しい与野党対立を棚上げして超党派で決議したことにパフォーマンス性がある。
さらに与野党は7月29日、超党派組織「官民政協議会」を発足させ、輸出規制に対抗するための予算を組むことで合意した。「官民」、つまり行政・民間交流ともストップがかかる流れをつくった。
韓国の中央銀行、韓国銀行はそれに先立つ7月18日、政策金利を引き下げ、経済の減速に備える措置を講じている。政・経・官・民がトップダウンで日本への抗議をアピールすれば、それに異を唱える人は非国民呼ばわりされるのは日韓とも同じだ。
文在寅(ムン・ジェイン)大統領の支持率は、52%を上回り(リアルメーター調査、7月29日発表)、韓国与党の支持率も43%と最高水準に達している。
「国内の支持拡大を狙って日本叩きに精を出している」という日本的な見方は当たらないだろう。韓国大統領は任期5年(再任なし)が保障されているので少々の支持率低下で地位が揺らぐことはないし、逆に日本に屈服したかのように見えれば支持を猛烈に失うことにもつながるので、その反動としての強硬姿勢だからだ。
安倍政権は、これほど韓国の態度を硬化させる重大な決断をしたにもかかわらず、表向きは元徴用工訴訟の「報復」とはいわずに「通常の措置」を装う。ところどころに報復や敵視の本音が垣間見える。
たとえば安倍首相は「1965年に請求権協定でお互いに請求権を放棄した。約束を守らないなかでは、今までの優遇措置はとれない」というような言い方で。世耕経産相も「信頼関係が損なわれた」と今回の措置の背景を述べている。
河野外相は、日韓請求権協定に基づく仲裁委員会の設置に応じない韓国の南官杓(ナム・グァンピョ)駐日大使を呼びつけ、南大使が日韓の企業が賠償金を出し合う韓国案を提示した際、話をさえぎって「極めて無礼だ」と一喝した。
安倍首相は、元徴用工へ賠償を命じる最高裁判決が出た際には「あり得ない判断」と一蹴したこともある。「あり得ない」「無礼」といった、小馬鹿にした上から目線の態度も、戦後の日韓関係には見られなかったものだ。
韓国も、市民レベルまで見れば「アンチ日本」一色というわけではない。
日本製品不買運動に関する世論調査(リアルメーター、7月24日)でも、不買運動に今後、「参加しない」と答えた人が26%に上り、雰囲気に流されない層は健在だ。
また、大手紙・中央日報も、釜山市が日本との交流事業の全面見直しを表明したことなどを受けて、「中央政府は戦っても地方自治体・民間交流は続けるべきだ」というコラムを発信している(7月29日、ネット版)。
そんななか、日本では、これ以上の関係悪化を憂い、韓国に対する半導体関連の輸出規制を即時撤回するよう求める声明が7月末、日本の市民77人が呼びかけ人になって発信された。学者やジャーナリスト、弁護士、「一市民」と名乗る人たちが次々と賛同者に加わり、5000人を超す勢いになっている。
この声明のタイトルは「韓国は『敵』なのか」。
当初の呼びかけ人は岡本厚・岩波書店社長や内田雅敏弁護士、和田春樹・東京大名誉教授らだった。
冒頭、日本政府が表明した輸出規制について「半導体製造が韓国経済にとってもつ重要な意義を思えば、この措置が韓国経済に致命的な打撃をあたえかねない、敵対的な行為であることは明らかです」と撤回を求めている。
声明は日韓の歴史にも多くを割き、「特別な歴史的過去をもつ日本と韓国の場合は、対立するにしても、特別慎重な配慮が必要になります。それは、かつて日本がこの国を侵略し、植民地支配をした歴史があるからです」「日本の報復が韓国の報復を招けば、その連鎖反応の結果は、泥沼です。両国のナショナリズムは、しばらくの間、収拾がつかなくなる可能性があります」と、これまでリベラル・革新勢力が出した様々なメッセージに比べて格段に高い危機感を表している。
今回の措置のきっかけになった元徴用工訴訟については、「民事訴訟であり、被告は日本企業です。まずは被告企業が判決に対して、どう対応するかが問われるはずなのに、はじめから日本政府が飛び出してきたことで、事態を混乱させ、国対国の争いになってしまいました」と筋違いであることを主張。中国人強制連行・強制労働問題を引き合いに出し、「1972年の日中共同声明による中国政府の戦争賠償の放棄後も、2000年花岡(鹿島建設和解)、2009年西松建設和解、2016年三菱マテリアル和解がなされていますが、その際、日本政府は、民間同士のことだからとして、一切口を挟みませんでした」と政府の対応の違いが鮮明だとした。
最後に「ネトウヨやヘイトスピーチ派がどんなに叫ぼうと、日本と韓国は大切な隣国同士であり、韓国と日本を切り離すことはできないのです。安倍首相は、日本国民と韓国国民の仲を裂き、両国民を対立反目させるようなことはやめてください。意見が違えば、手を握ったまま、討論をつづければいいではないですか」と結んでいる。
ネットで7月25日に公開されて以来、賛同者のリストに加わる人が1日1000人単位で増え、「ひと言」という応援コーナーもコメントであふれかえっている。
「韓国は日本にとり非核アジア達成のための重要なパートナー。日本政府は頭を冷やして居丈高な対韓姿勢を改めるべきです」
「隣国とは仲良く!これができないなら日本でオリンピックをする意味はありません」
声明全体を貫くのは、歴史認識の違いからくるこれまでの「摩擦」と違い、お互いが「敵視」とも言える状態になっていることに対する大きな危機感だ。
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