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欧州委員長に求められる2つのリーダーシップ

花田吉隆 元防衛大学校教授

欧州議会での採決の結果、次期欧州委員長への就任が決まり、笑顔を見せるフォンデアライエン独国防相=7月16日、フランス・ストラスブール、津阪直樹撮影

僅差だった欧州委員長選出

 7月16日、ドイツのウルズラ・フォンデアライエン国防相が、欧州議会により次期欧州委員長に選出された。僅差だった。過半数374票を9票上回るだけの383票。フォンデアライエン氏はよほど安堵したのだろう、胸に手を当て、ホッと笑みを漏らす様子が報道で繰り返し紹介された。

 実際、フォンデアライエン氏の選出には反対の向きが多かった。フォンデアライエン氏は欧州では無名、その存在を知る者はほとんどいない。何より、欧州議会会派の「筆頭候補」でない。筆頭候補とは欧州議会選挙の際、各党が欧州委員長候補として有権者に提示する人物のことであり、これにより有権者は、選挙を通し欧州委員長と欧州議会議員の双方を選ぶことができる。むろん、有権者は欧州委員長を直接選ぶわけではなく、そういう筆頭候補者を戴いた政党に投票するだけだが、それでも、欧州委員長の選出に間接的ながら民意が及ぶとの仕組みだ。

 この仕組みが2014年に確立された。それを、今回、無視しようというのだ。筆頭候補でもない、ただ単に欧州理事会が合意しただけの人物を議会が承認、選出せよという。これではせっかくの「民意を反映した欧州委員長選び」が、再び密室の謀議に逆戻りだ。議会関係者の多くが反発した。その結果が、フォンデアライエン氏の僅差での勝利だ。これは、今後、同人がEUで活躍していくに際し陰に陽にマイナスに働くに違いない。

難問山積で求められる「強いリーダーシップ」

 近年、欧州は難問山積だ。

 ポピュリスト勢力が欧州のあちこちで跋扈(ばっこ)し、政権入りするところも出てきた。今回、その代表格のハンガリーが、ポーランド、チェコ、スロバキア、イタリアを巻き込み、一度決まりかけたフランス・ティンマーマンス欧州委員の委員長就任をひっくり返した。欧州理事会がポピュリスト勢力の横やりに屈するのかと、関係者の強い批判を生んだ。今回、欧州議会選挙では、イタリアのマッテオ・サルヴィーニ副首相がもくろんだ、ポピュリスト議員によるEUの内側からの変革こそ実現しなかったものの、ポピュリスト政党は各国で大幅に議席を伸ばした。ポピュリスト勢力が今後の欧州政治攪乱の芽であることは疑いない。

 そのイタリアは、債務の対GDP比が130%を超え、成長は鈍化、失業率は増加と、依然欧州経済の問題児であることに変わりない。イタリア経済が混乱し、ユーロ危機が再燃するようだと、EUは一気に不安定化する。EUはそういうイタリアをEUが定める財政規律に従わせなければならない。

 英国との離脱協定は依然予断を許さないが、7月24日首相に就任したボリス・ジョンソン氏は合意なき離脱も辞さないと強硬な姿勢を崩さない。英国の今後については不透明感が高まるばかりだ。

 近年進出が目覚ましい中国にどう対応するかも待ったなしの問題だろう。

 何より、欧州にとっての最大の問題はこのところ不協和音が絶えない米欧関係だ。米欧は貿易もさることながらNATO防衛費負担を巡り激しく対立する。しかし、米国に安全保障を依存せざるを得ない欧州にとり、この問題は深刻だ。戦後世界の安定を担ってきたNATOが揺らぐようだと影響は世界に及びかねない。

 そういう米国のトランプ大統領に対し、メルケル首相はこれまで、ことあるごとにくぎを刺してきた。防衛負担は欧州側にも非があるにせよ、トランプ大統領が戦後秩序の基盤である自由民主主義体制に反する言動を繰り返すのは看過できない、戦後米国が主導して創り上げた秩序が、他でもない米国自身により脅かされようとしている。メルケル首相は「自由民主主義体制の根幹である自由、民主主義、自由貿易、人権尊重、法の支配等の基本的価値は断固守っていかなければならない」と声を大にする。

 次期欧州委員長は、こういう多事多難な欧州の舵取りを求められる。フォンデアライエン氏は欧州の先頭に立ち、メルケル首相と一緒になって「自由民主主義体制の価値」を訴えていかなければならない。これを否定するようなトランプ大統領や欧州のポピュリスト政権に対し断固とした態度で立ち向かわなければならない。それは、これまでにも増して困難な役割だ。しかし、今ほどその困難な役割が求められるときはない。次期欧州委員長は「強いリーダーシップ」で欧州を引っ張っていかなければならない。

EUにおけるドイツの立ち位置

 さて、我々はここで、もう一つ別の面に目を向ける必要がある。

 EUにおけるドイツの立ち位置だ。これまでドイツは、政治はフランスに任せ自らは専ら経済分野でその存在感を高めてきた。そうすることが戦後ドイツの国是であり、EUに自らを縛り付けることで欧州各国の不安を取り除いてきた。これはメルケル首相になってからも変わらない。そういうメルケル首相に対し、ポーランドのラドスラウ・シコルスキ元外相は2011年、「問題はドイツが強いことではない、ドイツが弱くリーダーシップを発揮しないことだ」と言った。それでもメルケル首相はその姿勢を変えることはなかった。「常に頭を垂れ、大国ズラしないドイツ」をメルケル首相は自らの行動で示して見せた。欧州はそういうドイツに不満を示しながらも、

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