メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

AI捜査の乱用防止に必要な技術的・法的整備とは

中国の高い映像技術の現状とカリフォルニア州の消費者プライバシー法

酒井吉廣 中部大学経営情報学部教授

理解しておくべき三つの示唆

 この事実には我々が理解しておくべき三つの示唆がある。

 一つ目は、ホテルは自社の監視カメラや従業員への確認等で顧客から届け出のあった遺失物を確認するが、そこで見つからないからと言って、それを警察に通報することは普通はないという点だ。ちなみに、ホテルのカメラは静止カメラで、技術もさほど高いものではない。

 また、大学等の公的機関でも、監視カメラに映った結果を公安に連絡することは普通はない。要は、いくら中国であっても、ホテルや学校などの普通の場所では、日本と同じように、すぐさま当局に報告することはないということだ。

  二つ目は、落とした瞬間がカメラで撮影されていない限り、拾得物の持ち主だとは確認は出来ないという点だ。ホテル内であれ、路上であれ、24時間カメラで撮影している場合、一日分でも膨大な量となる。従って、筆者もそうだったが、落とし主であることの最終確認は、日本で警察やJRの遺失物係が行うのと同様に、あくまでも人間が行う。

 ただし、6月からの香港のデモ参加者が顔を隠すのにはわけがある。最初から身元の割出しを対象とする撮影であれば、それはかなりの程度、実現可能だからだ。

  三つ目は、人間の動きを撮影する監視カメラはあくまで人間に焦点を当てているため、持ち主が路上に置き忘れた物や落とした物は焦点から外れ、一定の時間が経過した後に別の人間が持ち去ったとしても、それが真の持ち主なのかどうかを特定することは容易ではないという点だ。

 また、現段階では、その拾得者がどこの誰かを特定するほどまでAI監視システムは先端化していないうえ、監視カメラの設置は全都市の全道路を隈なくカバーしているわけではない。よって、カメラを紛失した現地社員の例では、公安が捜査する理由が別にあったのではないかという可能性も考えられる。

 要するに、人権やプライバシーのなさが批判される中国であっても、屋外での人間の活動を、事前に特定することなく、その持ち物までわかるほど、100%監視するほどの技術もなければ、そのような発想もない。さらに、中国に限らず日本やアメリカでも、なんらかの理由がないと、さすがに一般人の落とし物や忘れ物を探してもらうことを期待できないし、それが達成されるほどの能力で監視されるまでにはなっていない。

AIが人間を超える日は来るか?

 しかし、都市での落とし物が出てくるという事例は、カメラ技術のみならず、中国のAIが非常に優れたレベルにまで進化していることの証左でもある。中国以外で、これほどの結果が出る国はいまだ他にないだろう。

 故ホーキンス博士はかつて「AIは人間を超える」と予想した。この場合の前提は、世界中で一つの目的に向かって多くの学者が切磋琢磨し、また発明された技術は世界中の全ての人間が利用できる、ということである。

拡大shuttersv/shutterstock.com

 確かにその頃は、米ソの冷戦が終わり、パックス・アメリカーナのもと、世界中が様々な科学の進歩の恩恵を受けることができると信じられた時代であった。だが、今や米中で技術覇権競争が始まっており、米国で開発された技術と、中国で開発された技術が、別々の研究として発展する状況になる可能性がある。さらに、ロシアもこの競争に加わっている。あえて言えば、日本や欧州諸国が米国とともにあり、そこに中国とロシアが協調する形で競争を挑むという「三つ巴」の競合状態にあるのだ。

 それゆえ、幸か不幸か、故ホーキンス博士の「AIが人間を超える時代が到来する」という予想が実現するには、まだ時間がかかるかもしれない。とはいえ、これまで2回にわたって書いた米国の警察の例「AIを使った予測捜査で貴方は丸裸にされる」「AIを使った犯罪捜査で人種差別はなくせるか?」や、上述の中国の監視カメラの例を見れば、AIが人間を超えるにはまだ幾つかの壁があるものの、その達成時期がかなり目前まで迫ってきているとも感じる。

 また、民主党の大統領候補でもあるデブラシオNY市長は、NY市警のAI捜査のために中国製のカメラを導入し続けている。トランプ政権や、民主党が多数を占める下院から、中国は危険な競争相手と批判されても、どこ吹く風だ。米国や中国といった国家ベースで技術の協調開発を阻害しようとしても、地方公共団体の首長らが完全にこれに従うとは限らないのである。

 1990年代、韓国のサムソンは、東芝や日立の技術者を高い給与で雇い、半導体の技術を日本から実質的に盗んだ。技術者の頭の中にあるものに壁はつくれなかったのだ。米中の技術覇権競争だといかに政治家が騒いだところで、技術者たちが協力を続け、彼らを支援する者がいる限り、情報の往来を止めることは不可能である。

 そう考えると、AIの進化スピードは、妨害された恋人同士が一段と恋の炎を燃やすように、逆にスピードアップするのかも知れない。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

酒井吉廣

酒井吉廣(さかい・よしひろ) 中部大学経営情報学部教授

1985年日本銀行入行。金融市場調節、大手行の海外拠点考査を担当の後、信用機構室調査役。2000年より米国野村証券シニア・エグゼクティブ・アドバイザー、日本政策投資銀行シニアエコノミスト。この間、2000年より米国AEI研究員、2002年よりCSIS非常勤研究員、2012年より青山学院大学院経済研究科講師、中国清華大学高級研究員。日米中の企業の顧問等も務める。ニューヨーク大学MBA、ボストン大学犯罪学修士。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

酒井吉廣の記事

もっと見る