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「表現の不自由展」の中止が突きつけた重大な課題

「あいちトリエンナーレ2019」の目玉企画はなぜ中止されたのか。何を考えるべきか

米山隆一 前新潟県知事。弁護士・医学博士

賛同できない人がいる展示に公金を使うべきか?

拡大「表現の不自由展・その後」の展示中止を知らせる案内板=2019年8月4日、名古屋市東区
 次に、「国民の多くが賛同できない様な内容の展示に、公金を使うべきではない」という論点がありました。

 公金の使用対象は、確かに「公共の福祉」を向上させるためにふさわしいものであるべきだと思います。しかし公共の福祉の向上に資する支出とは、決して個別の費目が常に多くの人に向けられていることを要するものではありません。

 たとえば、れいわ新選組で話題になっている重度訪問介護の利用者数は1万人ほどで国民の0.01%ですが、そういう少数の人のニーズを一つ一つ満たすことで「公共の福祉」が向上することは少なくありません。むしろ、一つの支出が国民の大多数のニーズを満たすことの方が稀(まれ)であると思います。

 「表現」に関する実例を挙げれば、県などでしばしば行われている県民による「書道展」があります。生活の中で書道に親しんでいる人は恐らくは少数派ですが、そこへの公金の支出を問題視する人はほとんどいません。少数の人の表現のために公金を使うこと自体は普通に行われており、格別問題があることではありません。

 もちろん、公共の福祉の向上に反するような表現、明らかなヘイト表現や、多くの人に事実を誤認させ、公に害を及ぼすような表現に対する公金の支出は避けるべきだと思います。ただしここで、難しいのは、何が公共の福祉の向上に資し、何が反するのかの線引きです。そこは、ある程度主観によるしかないのは否めないなのですが、そのうえで民主的なプロセスで選ばれたその自治体の首長(若しくは首長の指揮下にある担当者)が決し、その判断について次の選挙で評価されるのが、民主主義の原則であると思います。

 従って今回の件においては、「あいちトリエンナーレ」の主催者である愛知県知事、もしくはその指揮監督下にある担当者が、展示されている「表現」が国民の一定割合の人が望む物でないとしても、他方でその「表現」を希望する人も相当数いて、「幅広い表現の自由を認めることが、公共の福祉の向上に資する」と判断したのなら、そこに公金を支出することは何の問題もないと思います。

 話は少々わき道にそれますが、上述のように行政の長としての政治家は、国民の生活に直結する様々な部分を決しうるのであり、この点は選挙においてきちんと考えておく必要があります。換言すれば、選挙における選択は極めて重要であるということになります。

日本人・皇室へのヘイトだから展示はダメか?

拡大「表現の不自由展・その後」の展示室は来場者が増えて入場制限がかかり、展示室前では行列ができていた=2019年8月3日、名古屋市東区の愛知芸術文化センター
 第三の論点は、「この美術展で展示されていた表現は、日本人に対するヘイトだから展示してはいけない/公金を支出してはいけない」というものです。

 そう感じる人がいるのは事実でしょうが、同時に8月1日に開幕してから3日間、「表現の不自由展」は行列ができる盛況だったと報じられており、そのように感じない人も多数いるのも、また事実です。私自身は、報道されている展示が日本人へのヘイトだとは全く感じません。

 日本は自由主義の国として表現の自由が幅広く認められており、「表現の自由」の例外として表現それ自体が規制されるのは、名誉棄損、業務妨害、差別禁止条例違反等、法令に反するものに限定されています。展示を不快に感じる人がいるということは、展示してはいけない理由にはなりません。

 公金の支出については、第二の論点で述べた通りになります。これらの展示を見て不快に思う人がいるとしても、そのこと自体は、展示に公金を支出してはいけない理由にはなりません。民主的に選ばれた代表が、「幅広い表現の自由を認めることが、公共の福祉の向上に資する」と考えて公金の支出を認めているなら、何ら問題のあることではありません。

 第四の論点は、「この美術展で展示されていた表現は、天皇・皇室に対する侮辱だから展示してはいけない/公金を支出してはいけない」というものです。

 議論はほとんど第三の論点と重なります。そのように感じる人がいるのは事実ですが、そのように感じない人もいます。私自身はそのようには感じませんし、個別の事情はさておくとして、戦前の大日本帝国憲法において「元首」と定められている以上、戦争の悲惨さやその責任を問う文脈の中で、一つのアイコンとしてネガティブな表現の対象となることは、表現の自由の一環としてありうると思います。

 いずれにせよ、この美術展での展示内容は、現日本国憲法が認める「表現の自由」の文脈において、問題のあるものではないと考えます。公金の支出についても、民主的に選ばれた代表が、この様な表現を含む「幅広い表現の自由を認めることが、公共の福祉の向上に資する」と考えて公金の支出を認めているなら、何ら問題はありません。

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筆者

米山隆一

米山隆一(よねやま・りゅういち) 前新潟県知事。弁護士・医学博士

1967年生まれ。東京大学医学部卒業。東京大学医学系研究科単位取得退学 (2003年医学博士)。独立行政法人放射線医学総合研究所勤務 、ハーバード大学附属マサチューセッツ総合病院研究員、 東京大学先端科学技術研究センター医療政策人材養成講座特任講師、最高裁判所司法修習生、医療法人社団太陽会理事長などを経て、2016年に新潟県知事選に当選。18年4月までつとめる。2012年から弁護士法人おおたか総合法律事務所代表弁護士。

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