市川速水(いちかわ・はやみ) 朝日新聞編集委員
1960年生まれ。一橋大学法学部卒。東京社会部、香港返還(1997年)時の香港特派員。ソウル支局長時代は北朝鮮の核疑惑をめぐる6者協議を取材。中国総局長(北京)時代には習近平国家主席(当時副主席)と会見。2016年9月から現職。著書に「皇室報道」、対談集「朝日vs.産経 ソウル発」(いずれも朝日新聞社)など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
「韓国敵視政策」が招いた不寛容な集団抗議/権力側はブレーキかけず「放置」
今回中止になった「その後」展は、2015年、東京都内の民間ギャラリーで開かれた「表現の不自由展・消されたものたち」の続編とも言うべき展示会だった。
今回出品された16組のほぼ半数の作家が前回に引き続いて参加しており、韓国のキム・ソギョン、キム・ウンソン両氏制作による「少女像」も前回、展示され、私も取材に出向いた。静かな雰囲気で何かをじっくり考えさせられる不思議な空間だったことを覚えている。
今回、愛知での出品作と重なる作品群にしても、新宿のニコンサロンで開催直前に中止になった元慰安婦の写真展(安世鴻氏)、作品表面のメッセージが削除されたモニュメント(中垣克久氏)、福島の除染作業の音などの展示説明文を同意なしに修正された「サウンドスケープ」(永幡幸司氏)などを当時、鑑賞したが、こんな芸術表現に主催団体がどんな軋轢を恐れ、何に忖度して事なかれ主義に陥ったのか、日本の芸術環境をめぐる「現住所」を明確に示していた。
元祖「不自由展」のパンフレット冒頭には、展示物についてこう記されていた。
検閲とそれに基づく修正、封殺(展示撤去、掲載拒否、放映禁止)、自粛の憂き目に遭い、表現の正当な機会を奪われた、タブーとされたものを集めました
タブー視された具体的なテーマとして「天皇と戦争、植民地支配、日本軍『慰安婦』問題、靖国神社、国家批判、憲法9条、原発、性表現」を挙げた。
あれから4年半。今回の「その後」展に至るまで、これらのテーマをめぐる日本の空気は、さらによどんできたといえないだろうか。
そう思う理由がいくつかある。
安倍政権が韓国に対して強硬な姿勢をとり続ける背景には、市民(有権者)の支持という裏付けもある。2019年7月24日まで実施した輸出優遇国除外のパブリックコメントには、4万件を超す異例に多数の意見が寄せられ、95%が政府方針に賛成したという。
今回の展示に関して、8月2日までの2日間に芸術祭事務局に来た電話やメールの抗議・脅迫は1千件以上に上った、と主催側は明らかにしている。
この種の「意見」は、政権に否定的なコメントはなかなか来ないし、「圧力に負けず頑張れ」といった励ましの声は極端に少ないのが常だ。
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