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人文学のススメ(1)それは怠惰な者のためにある

なぜ、人文学的思考の練習は必要か

徐正敏 明治学院大学教授(宗教史)、キリスト教研究所所長

「人文学的生活」のモデル

 誤解をおそれずにいうのだが、人文学は「怠惰な者」のためにある。

 仕事の目標を立てて、成果をあげるために夜明かししたり、未明に起きて頭を抱えながら取り組むのは人文学的態度ではない。人文学徒はイライラしてはいけない。今自分が読んでいる本が、自分の価値観にどんな決定的な影響を及ぼすかとか、それが自分に役立つかどうかなどということは知らないほうがよい。現在自分が考えていることがどれほどの生産性をもつかなどという計算も無用である。

 本を読む時も、あるいは原稿を書く時も、締切りと結果に執着するならば、それはすでに人文学的な態度とはかけ離れている。とはいえ、人文学もそれが専門的な職業になるとそんな特性から大きく外れる場合が多い。システマチックに取り組み、結果も出さなければならないし、相手の評価も気になるところだ。

 だから筆者は、指標化された人文学にときとして疑問を感じる。実際のところ、人文学者たちは苛立ちながら、研究成果と原稿の締切りに追われて凄然たる気分でいるのだ。

 本来の人文学的な生活、すなわち真の「知性的生活」とは、きわめてスローで怠けものめいたものであろう。ゆっくりと考え、あれこれと考え、ひとつの考えが別の考えを生み出してもそのまま放置して、ここからあそこへ、あそこから再びここへと、自由な思考に身を任せなければならない。

 本を読むときも、あたかも死生を決するようなまなじりで読破するのではなく、ゆっくりと優雅にページをめくるのがよい。次のページを捲るのが面倒くさいときは、そのままそのページを何回も読んでいいのだ。

 なるべく夜遅くまで考え、本を読んで、時には夜の白々明けまで知的な遊びと戯れていてもよい。そしてゆっくりと床について、世の人々がそろって戦闘的な日課を始めるときに、まだベッドにとどまっていてもよい 。

 もっともこれまでの筆者の生活がそのようであったというわけではない。筆者は、本来の人文学的、知性的人生とはそんなものであるといいたいだけだ。

 人文学は生産的でも、成果主義的でもなく、利益に結びつかない。だから見方によっては全然無用なものであるという誤解も甘んじて受けなければならない。それが人文学であり、そのような思考のスタイルが人文学的思考である。

 そのかわり人文学には、人と世の中の価値を問う根源的な力がある。人々が自らの生の意義を探究する時間と手がかりを与えてくれる。

 人文学は根源的な価値に向きあう作業である。それゆえ表面上は確かに怠惰で、無駄なものであるともみえるのだ。

「高血圧型タイプの人間」と「低血圧型タイプの人間」

 筆者はどちらかというと「高血圧型タイプの人間」であるが、実際には、人文学をするには「低血圧型タイプの人間」がより似合う。

 言い過ぎかも知れないが、ルンペンの生活が人文学にはふさわしい。人文学は、飯を食うのに困らない時に可能となる。一日一日を食べて生き延びるために忙しい人生には、人文学的な生活は不可能であり、人文学は無用の長物である。ゆえに実際問題として、人文学によってお金を得ることはそう簡単なことでないし、また似つかわしくもない。

 ただ、人文学を学び「プロの人文学者」となることはあり得るだろう。人文学を教え、また研究をしながらそれを職業にするケースである。だれかが、人文学の進展が世界をより美しくするという価値を認め、人文学者を育成しようというなら、それに反対する理由は全くない。そのときは人文学も実質的な生産価値をもつものとして、「生計」を支える手段になるはずだ。

 しかしながら筆者は、できれば人文学と職業、すなわち「生計」とあいだに距離を置きたいと考える理想主義者である。人文学を職業にすると、かなりの部分で「自由」をあきらめなければならなくなり、人文学の特権たる怠惰とも乖離が生じる。

 繰り返すが、人文学は怠惰の学問である。筆者はだいぶ前からそのような生活と思考のスタイルをもちたいと考えてきた。しかしそのような人文学の価値をよく知っていながら、実際にはそのように生きられているとはいえない。あらためて自らの反人文学的、反知性的な生活を反省するこのごろである。


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筆者

徐正敏

徐正敏(そ・じょんみん) 明治学院大学教授(宗教史)、キリスト教研究所所長

1956年韓国生まれ。韓国延世大学と大学院で修学。日本同志社大学博士学位取得。韓国延世大学と同大学院教授、同神科大学副学長、明治学院大学招聘教授、同客員教授を経て現職。アジア宗教史、日韓キリスト教史、日韓関係史専門。留学時代を含めて10年以上日本で生活しながら東アジアの宗教、文化、社会、政治、特に日韓関係を研究している。主なる和文著書は、『日韓キリスト教関係史研究』(日本キリスト教団出版局、2009)、『韓国キリスト教史概論』(かんよう出版、2012)、『日韓キリスト教関係史論選』(かんよう出版、2013)、『韓国カトリック史概論』(かんよう出版、2015)、『東アジアの平和と和解』(共著、関西学院大学出版会、2017)など、以外日韓語での著書50巻以上。

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