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アメリカ「Z世代」に「日本シフト」が起きている

過労死、子供の貧困、女性、在日外国人、LGBTQなどマイノリティー問題に関心

芦澤久仁子 アメリカン大学講師(国際関係論)及びジャパンプログラムコーディネーター

antoniodiaz/shutterstock.com

日本への関心が戻ってきた!

 アメリカの大学の夏は長い。日本と違って新しい年度が9月に始まることもあり、学生達の夏休みは2カ月半余り。その期間、彼らはインターンシップやアルバイト、旅行やボランティア活動など、それぞれの形で過ごしている。

 一方の我々教える側は、多少のんびり出来ると思いきや、学期中にはなかなか集中出来ない論文書きやリサーチ作業などに追われるのが常である。そんな中、最近のアメリカ大学生の動向をちょっとご紹介したい。

 というのも、これまで尻下がり傾向が続いたアメリカの学生達の日本に対する関心が戻ってきたかも、と思われる現象があったのだ。

日本コースが二つも開講

 ことの始まりは去年の秋のこと。9月からの秋学期が始まって間もない頃に、私の教える大学の国際関係論のプログラムとアジアン・スタディーのプログラムのそれぞれの担当ディレクターから、「来学期に日本についてのコース(科目)を担当してほしい」と頼まれたのだ。

 どちらのプログラムでも新規のコース設置だったので、つまり春学期(1月から5月)に、日本関係の授業が突如二つも増えることになったのだ。

 アメリカの日本関係者にとって、これは注目に値する。なぜなら、アメリカの大学における日本関連のコースは、この15年ほど、全般的な減少傾向にあったからだ。その主な理由は、90年代後半以降の日本経済停滞と中国の劇的な台頭によって、アジア地域および国際政治全般における日本の存在感が相対的に薄くなり、結果、学生達の日本に対する関心が減少した、と考えられている。

 実際、ハーバード大などの超メジャー大学は別として、私が教えているアメリカン大学(ワシントンDC)のような中規模大学では、日本に特化したコースだと十分な数の履修学生が集まらないという事態が続いたため、日米中の3カ国間関係や日韓2国を比較する形式にしてコースを成立させてきた。

 ところが、ここにきて日本の政治・社会を単独で教えるコースが、急きょ必要となったのだ。もちろん、これは日本外交が研究テーマの一つである私としても嬉しい展開で、先学期は二つの新規コースを抱えて随分忙しかった。

日本留学の学位プログラムに300人近くが応募

 上記の二つの日本関連コースのうちの一つは、アメリカン大学が日本のある大学と共同学位プログラム(ジョイント・ディグリー)を昨年度から始めため、その一環で新設されたものである。

Bruce Weber/shutterstock.com
 この学位プログラムに入った学生達は、アメリカと日本にそれぞれ2年間ずつ滞在し、学位(グローバル・スタディー)を取ることになる。例えばアメリカン大学の学生の場合は、最初の1年をワシントンDCのキャンパスで勉強し、次の2年間は日本のパートナー大学で過ごし、最後の1年間はまたワシントンDCに戻って卒業を目指す、という段取りである。

 プログラム開始にあたって、最初の学年のアメリカン大学側の学生枠が5人、日本側の学生15人の、合計で20人という小規模プログラムでスタートすることにしていた。アメリカ人学生の枠数が少なかったのは、上述の日本への関心低下傾向があっため、この日米共同学位という新しい試みにアメリカ人の学生が十分集まるのかどうか、アメリカン大学側が不安だったためである。

 ところが募集をいざ始めたところ、応募してきたアメリカ人高校生は、5人の枠に対してなんと300人近く。アメリカン大学にとっては予想外の嬉しい悲鳴の事態となり、当初の枠数を増やして12人を受け入れることにしたのである。

 ちなみに日本側の募集はあまり芳しくなく、結局、最初の学年は4人だけ。これは、アメリカでの2年間の勉強を無事にこなすために、英語能力の基準が高めに設定されていたせいのようだが、加えて最近よく指摘されている日本人学生の内向き傾向も影響していると思われる。

中国への関心冷え込みの反動か

 そんなわけで、アメリカ人学生の間で日本に対する関心が戻って来たようなのだが、一体どうしてなのだろうか?

 大学関係者達に聞くと、学生達の中国への関心が最近冷え込み傾向にあり、その反動ではないか、との声が多い。つまり、もともとアジアに興味のある学生達の一部が、これまで流行(はや)りだった中国から日本にシフトした、との見方である。

 私の大学の交換留学プログラムの担当者の見方も同様で、中国への留学希望が最近減少し、逆に日本、そして韓国への留学希望が増加している、と言う。

 実際、全国的な統計を見ると、中国留学の減少傾向は数年前から始まっている。

 米国国際教育研究所のアメリカ人学生の留学先のデータによると、中国に留学するアメリカ人学生は1990年代の終わりから如実に増加し(2003年は前年比でなんと90パーセント増)、留学先ランキングで1998年に12位だった中国は、2005年には5番目に人気の留学先となった。

 ところが、2012年を境にその増加は止まり、以降、毎年平均で5パーセント以上の減少となっている。また、アメリカの大学で中国語を勉強する学生数の減少も、一部の大学で報告されている

増加する中国への否定的な見方

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 では、何故、中国への関心がここに来て減少し始めたのか?

 関係者達は、中国への否定的な見方がアメリカ人全般の間で増えてきたため、と見る。例えば、ピューリサーチの世論調査によると、2006年から2016年の10年間で、中国のことを「深刻な問題」もしくは「敵対国」とするアメリカ人が、全回答者の約45パーセントから66パーセントと20パーセント以上増加している。

 中国共産党主導の政治状況や緊張が高まる米中関係、さらには中国国内の環境汚染問題が報道されるに従って、中国への留学を懸念する考え方が学生達のみならず、彼らの親達の間で、広まってきているようだ。

 まだ18歳、19歳の子供達である。親に「中国はやめておいたほうが良い」と言われれば、「じゃあ、その代わりに日本にしようか」ということも少なからずあるのだろう。そして、「日本については、ポケモンや任天堂のゲームなどで小さい頃から何となく知っているから選びやすかった」と、前述の新設共同学位プログラムに参加した学生が一様に言っていた。

 この中国専攻の学生の減少は、最近のトランプ政権の敵対的な対中政策によって、さらに進むことが予想される。

 実際、トランプ政権は今年の6月から、ロボット工学や航空工学といった分野で勉強しようとする中国人学生に対する学生ビザを制限し始めている。中国側がアメリカ人学生に対して似たような措置をとる可能性も今後あるだろう。

日本シフトのアメリカ人学生の特徴

 このようなことを背景に、日本専攻にシフトするアメリカ人学生が最近増加したようなのだが、では彼らは一体どんな若者達なのか、と読者の方は興味を持たれるのではないか。

 これについて統計的な答えを今の時点で見つけることは難しいのだが、先学期の経験から私が言えることとして、まず、非白人の学生の割合が比較的多いことが印象に残った。

 先述の二つの新規コースを平均すると、非白人の学生の割合は約45パーセント。そのうち3割ほどが日系アメリカ人学生だが、さらに東南アジア諸国や中国などのアジア系アメリカ人に加え、アフリカ系アメリカ人(いわゆる黒人と言われる)が含まれる。

 私がこれまで教えてきたもっと一般的な内容のコース(「グローバルガバナンス」、「アメリカ外交政策」)では、白人系の学生(ヒスパニック系も含む)が全体8~9割というのが常であったので、人種別の学生比の違いが目についた。

 これは日本という非西欧の国をテーマにしたコースであるから、ある意味当たり前と言えば当たり前である。ただ、私が以前に教えた「中国・日本・アメリカ」というもう少し大きな範囲でのアジア・コースに比べて、今回の日本に特化したコースでは、アフリカ系アメリカ人の率が多少高かったのが興味深かった。

 いずれにしても、アメリカ人と聞くと何となく白人をイメージする人がまだまだ少なくない日本であるが、これからやって来るアメリカ人留学生は、アジア系やアフリカ系の若者である可能性が高いことを知っておくことが必要であろう。

過労死、子供の貧困などの問題に関心

「らしく、たのしく、ほこらしく」「全ての愛に平等を」などのプラカードを掲げて参加者が歩いた「東京レインボープライド2018」のパレード=2018年5月6日、東京都渋谷区
 これらの学生達が日本のどんな部分に興味を持っているかという点では、以下のような特徴が見られた。

 まず、アニメや漫画といった日本ポップカルチャーの熱狂ファンの学生は全体の2割程度と、予想より少なかった。以前のジャパン・スタディーの主流関心事であった日本経済、そして日米同盟などの日本の外交・安全保障問題に興味を持つ学生は、それぞれ1割ほど。

 残りの6~7割の学生達が興味を示していたのは、過労死や子供の貧困といった日本の社会問題で、中でも、女性、在日外国人、LGBTQといった、いわゆるマイノリティーに対する差別問題に対する関心が高かった。

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