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徴用工判決の経緯と法的根拠

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韓国・釜山の日本総領事館近くに置かれた徴用工を象徴する像拡大韓国・釜山の日本総領事館近くに置かれた徴用工を象徴する像

 昨年来、日韓関係に大きな影響を与えた徴用工とは、第二次世界大戦の最中、国家総動員体制の下で軍事産業や鉱業等に労働力として、当時植民地下にあった朝鮮半島から動員された人々を指しており、動員や業務の際に威嚇や暴力がしばしば伴われたことは広く知られている。その存在は従軍慰安婦の場合とは異なり、日韓の国交正常化交渉が始まった1950年代より既に懸案の一つで、1965年に日韓両国の間で締結された「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」(以下、日韓請求権協定)において日本が韓国に経済協力を提示し、両国の請求権が「完全かつ最終的に解決された」との文言が組み込まれたことの要因になっている。

 基本的に日本政府は徴用工問題については日韓請求権協定において解決済みとの立場を取り、韓国政府や司法の現場でもそれを追認してきた。そこで、元徴用工らは、1956年の日ソ共同宣言において「それぞれの国、その団体及び国民のそれぞれ他方の国、その団体及び国民に対するすべての請求権を、相互に、放棄する」とされながら、個人の請求権は喪失していないとして、日本政府に対し個人として裁判を起こした元シベリア抑留者と同様に、個人として徴用先の企業に対して賠償を求める裁判を起こしたのである。

 ちなみに、1997年11月28日に日本政府は上掲の問題に対して「日ソ共同宣言の第六項の規定による請求権の放棄については、国家自身の請求権を除けば、いわゆる外交保護権の放棄であって、日本国民が個人として有する請求権を放棄したものではない」との答弁書を送付している(それ以前の主張については、山本晴太「「徴用工判決」で報じられない「不都合な真実」(「論座」)」に詳しい)。しかし、実際に元徴用工が起こした裁判では日本、韓国それぞれで敗訴が続いた。そうした中、2012年に韓国の大法院が原審判決を破棄し、高裁に事件を差し戻したことが契機となり、昨年の判決に至ったのである。

 確かに、条約の順守については国際法上の原則として「合意は拘束する」というものがある。その一方で、条約締結時の社会事情が変更した場合、それを根拠として条約の拘束力から免れる「事情変更の原則」も存在している。事情変更の原則を認めるか否かの論争は16世紀以来、国際法分野での主要議題の一つであった。合意を順守することは国際法体制を維持する上でも基本となるが、当該国に根本的な変化が生じた場合、条約の範囲も変化することは一定の理解がなされている。

 また、徴用工判決において、もう一つ重要な国際法上の原則としては憲法優位説が挙げられる。これは国際法(条約、協定など)と憲法の主張が対立した場合、どちらが優先されるかを示したものである。国の基本法である憲法の方が、国際法に優先するという論理は日韓両国をはじめ多くの国で採用されている。これは日本の憲法9条の位置付けと、国連憲章に根拠を持つ国連平和維持活動(PKO)の方針のどちらを日本が優先しているのかを考えれば分かりやすい。

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筆者

金恵京

金恵京(きむ・へぎょん) 日本大学危機管理学部准教授(国際法)

国際法学者。日本大学危機管理学部准教授、早稲田大学博士(国際関係学専攻)。1975年ソウル生まれ。幼い頃より日本への関心が強く、1996年に明治大学法学部入学。2000年に卒業後、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科修士課程に入学、博士後期課程で国際法によるテロリズム規制を研究。2005年、アメリカに渡り、ローファームMorrison & Foester勤務を経て、ジョージ・ワシントン大学総合科学部専任講師、ハワイ大学東アジア学部客員教授を歴任。2012年より日本に戻り、明治大学法学部助教、日本大学総合科学研究所准教授を経て現在に至る。著書に、『テロ防止策の研究――国際法の現状及び将来への提言』(早稲田大学出版部、2011)、『涙と花札――韓流と日流のあいだで』(新潮社、2012)、『風に舞う一葉――身近な日韓友好のすすめ』(第三文明社、2015)、『柔らかな海峡――日本・韓国 和解への道』(集英社インターナショナル、2015)、最新刊に『無差別テロ――国際社会はどう対処すればよいか』(岩波書店、2016)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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