市川速水(いちかわ・はやみ) 朝日新聞編集委員
1960年生まれ。一橋大学法学部卒。東京社会部、香港返還(1997年)時の香港特派員。ソウル支局長時代は北朝鮮の核疑惑をめぐる6者協議を取材。中国総局長(北京)時代には習近平国家主席(当時副主席)と会見。2016年9月から現職。著書に「皇室報道」、対談集「朝日vs.産経 ソウル発」(いずれも朝日新聞社)など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
「光復節」演説を読み解く/埋まらない溝の打開求める
バランス感は演説の随所に表れている。
2018年8月の光復節演説では、冒頭に「親日の歴史は、決して私たちの歴史の主流ではなかった」と、建国以来の歴史の一部を否定した。さらに「キャンドル革命で民主主義をよみがえらせ、全世界を驚嘆させた。それが今日の大韓民国の姿だ」と自賛した。
キャンドル革命とは、朴槿恵(パク・クネ)前大統領を弾劾に追い込んだロウソク市民集会を意味する。文氏には、市民の後押しによって大統領の座に就いたという自負がある。
2017年8月の演説でも文氏は冒頭、「キャンドル革命で国民主権の時代が開かれた最初の光復節だ」と述べている。
これは、1948年の建国以来、軍事独裁政権など「国民主権」とはいえなかった時代があった、と一貫性に疑義を挟むものだ。
今回の文演説は、口癖の「キャンドル革命」にも「国民主権」にも触れなかった。
このことは、単に二つの名詞が出てこなかった以上に深い意味を含む。
キャンドル革命で国民主権をやっと取り戻した→過去の保守・独裁政権下は国民主権ではなく、植民地時代の親日派が引き続き政権を担ったため民族の正統性がなかった→1965年の日韓基本条約、日韓請求権協定は正統性のない政権が結んだものだから、これも正統性に欠ける→戦争被害者への賠償問題は今もなお解決していない――。
こんな文脈で、文氏は大統領就任以来、繰り返し国内の親日の清算を呼びかけ、植民地支配の清算を訴えてきた。慰安婦問題、徴用工裁判問題を未解決とするのも、この文脈に連なるといえる。