保守派の重鎮が語った重い一言と、私が大学生時代に知った日韓対立の元凶
2019年08月17日
「日本が対話と協力の道に出てくるならば、われわれは喜んで手を握るだろう」
韓国を輸出優遇国から除外する日本の2日の閣議決定以降、文大統領は「私たちは二度と日本に負けない」などと述べ、抗日姿勢を露(あら)わにしていただけに、かなりトーンダウンした格好だ。日本に対するナショナリスティックな強硬発言を連発し、内外からの強い批判も浴びたことで抑制的になったとみられる。
これでボールは安倍晋三首相の手に移った。日本はどう対応するのか。
一国主義者で孤立主義者のトランプ大統領率いるアメリカのグリップ(掌握力)の低下と、中国の著しい軍事的台頭など東アジアの厳しい安全保障を直視すれば、日本はいつまでも韓国と「チキンレース」を展開している場合ではない。日韓がより緊密な関係を築き、率先して、過度なナショナリズムを意識的に克服し、東アジアの平和と安定と繁栄に向けて手を取り合わなくてはならないはずだ。
安倍政権は、この機を逃さず、文大統領の対話の呼び掛けに応じてほしい。
険悪の一途をたどる両国の関係を見るにつけ、「この人が生きていたら、今の日韓関係はどうなっていただろうか」と思わせる人物がいる。
米英のアングロサクソン至上主義者で、日米同盟の強化を主張するなど、保守派の論客としても名をはせた。2014年7月に安倍政権が閣議決定した集団的自衛権の行使容認も、岡崎氏がいなければ実現できなかったとみられる。岡崎氏は集団的自衛権行使の容認を見届けるかのように、同年10月に亡くなった。
岡崎氏は生前、名著『隣の国で考えたこと』の新版のまえがきでこう記している。
「日本にとってたった一人の親類の国、それが韓国だ、というのが、本書を書いたときの私の発見だった。そのときの新鮮な喜びを今でも覚えている」
日本人に戦略的思考の大切さを説く保守派の重鎮である岡崎氏が、韓国を「日本人唯一の親類」と述べていたのだ。それは、決して鳩山由紀夫元首相に代表されるような、韓国に融和的なリベラル派の論客の言葉ではない。
「極東において、日本人が韓国人の間に友好的な関係を持てるかどうかは、日本にとって国家百年の大計です」
岡崎氏は、『隣の国で考えたこと』の中で、こうも語っている。
岡崎氏が生きていたならば、戦後74年、日韓は反目し合うより、対中露朝をにらんで日米韓の枠組みの下、しっかり協力し合うよう安倍首相に説いていたはずだ。
『隣の国で考えたこと』は出版から約40年経った今も、輝きを失わない。韓国という隣国とどう付き合ったらよいか、多くの示唆を与えてくれている。師匠・岡崎氏から弟子・安倍首相への「遺言」とも言えるものだ。
今、日韓関係を大きく揺るがしているのは、つまるところ、1965年の日韓基本条約でしっかりと解決できなかった問題のツケ回しが、私たちの世代に襲いかかってきたということだろう。
当時の時代背景をみれば、日韓国交正常化交渉が行われていた1950年代、1960年代はベトナム戦争に象徴されるように、アメリカとソ連をはじめとする共産圏との冷戦が深刻さを増した時期だった。アメリカは、反共の砦(とりで)と絆を強固にするためにも、日韓に早期の条約締結を目指すよう圧力をかけた。
日本はその頃は高度経済成長のまっただ中で、1960年代後半は日韓基本条約の批准やアジア開発銀行の設立など、アメリカの期待以上に東アジアでの日本の役割を拡大していった。
一方、当時の韓国はどうだったか。世界銀行の統計によると、1965年の韓国の1人当たりのGDPは109米ドルで、日本の約8分の1以下。世界最貧国の一つだった。
だが、その韓国は1980年代に高度経済成長を成し遂げる。2018年時点で韓国のGDPは約3万1400ドル、日本は約3万9300ドルで、かなり接近している。韓国の安い物価水準を考えたら、実質的にはほとんど変わらない。
つまり、韓国にとっては、日韓基本条約とそれに付随する請求権協定は、アメリカの圧力の下、日韓の国力に圧倒的な差があった状況で結ばされた「不平等条約」と受け止められている。それはまるで、日本が江戸幕府時代の安政5年(1858年)にアメリカなど5カ国と結ばされた「安政の不平等条約」とも重なって見えなくもない。
明治政府の悲願でもあった「安政の不平等条約の改正」は、36年たった後に成し遂げられた。しかし、韓国は過去50年余り、国力増強で自信を付けてきたのにもかかわらず、いまだに元徴用工の請求権問題など日韓基本条約の「改正」ができていない。
筆者が、現在の元徴用工問題につながる日韓基本条約の問題点を初めて知ったのは、大学4年生の時だった。在籍していた慶應義塾大学経済学部の島田晴雄研究会が1992年夏、ソウルで夏合宿を行い、韓国のソウル国立大学の学生と、当時日韓の懸案事項だった従軍慰安婦問題や日本の国連平和維持活動(PKO)参加問題などを議論した。
ソウル大の学生が私たち日本側学生に強く迫っていたのが、日韓基本条約の改正だった。これに対し、日本側学生は「日韓基本条約は国際法上、正当と認めざるを得ない」と反論。「しかし、こうした法的論争にかかわらず、人道的見地から元慰安婦に補償すべきだ」と提案した。
こうした発言にソウル大の学生は、「国力の差があった1965年の日韓基本条約は、韓国にとっては不平等条約であり、韓国にとっては日本の不誠実な態度の象徴である」として、条約の改正を何度も強く求めてきた。そして、日本の「人道的見地から」という立場は法的責任を回避するものだと怒りをあらわにしたのだった。
この植民地支配の不法性をめぐっては、結局、1910年の韓国併合条約が合法か、不法かの問題に行きつく。日韓国交正常化交渉では、決着がつかず、日韓基本条約では「もはや無効である」というあいまいな表現で折り合った。
つまり、韓国政府が「1910年の韓国併合条約を含め、すべての条約と協定が無効である」と解釈する一方、日本側はそれらの条約と協定が「かつては合法であったが、今は無効である」と解釈した。前者の立場に立てば、植民地時代を否定して、その不法性に対する賠償が発生する。後者の立場に立てば、植民地支配を肯定するので賠償は発生しない。
このように現在の日韓を襲う元慰安婦や元徴用工問題は、戦後日韓両国の起点である日韓基本条約に内在されてきたのである。
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