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終戦の日、熱海の「もうひとつの靖国」を訪ねた

「戦争責任」と「追悼」にまつわる、ふたつの場所

石川智也 朝日新聞記者

拡大最寄り駅から靖国神社の参道に⾄る歩道では、様々な「主張」を訴える人たちが並んだ=2019年8⽉15⽇、東京・九段北

例年通りの靖国

 靖国神社は朝から、毎年恒例の光景が繰り広げられていた。

 地下鉄九段下駅の最寄り出口から地上に上がると、すでに複数の拡声機からの声が交錯していた。

 こざっぱりとした大学生らしき若者は「従軍慰安婦、徴用工、南京大虐殺はどれも虚偽だという証拠がそろっている。それなのに日本が悪事を行ったといまだに信じている人が多い。日本はアジアを白人支配から解放した。素晴らしい日本人に生まれたことを感謝しましょう」と道行く人々に訴えている。隣に掲げた横断幕には「伝えよう!祖国の誇り 広げよう!国を愛する気持ち」との毛筆の文字が躍る。

 歩道の両脇には、参拝者たちにパンフレットや冊子を渡そうという人たちが列をなしていた。「世界から尊敬された武士道」「ロシアによる20世紀最大の悪行 シベリア強制抑留」「日本国憲法は無効」「読まない!買わない!朝日新聞」……参道の入り口までのわずか60メートルを歩いただけで、抱えきれないほどの量が集まった。

 黒スーツに黒ネクタイで汗だくになった高齢者、ポロシャツと短パン姿の若者、軍服や特攻服を着込んで旭日旗をはためかせた男たちの集団が、入り交じりながら次々と拝殿に向かうのも、例年の光景だ。

 大村益次郎像の脇では午前10時半から、英霊にこたえる会と日本会議が主催する「戦歿者追悼中央国民集会」が催された。今年で33回目。登壇者たちが「戦勝国が我が国を一方的に断罪した、誤った『東京裁判史観』に多くの日本人がとらわれている」状況を憂え、「憲法改正で真の独立を」及び「40年以上途絶えている天皇陛下の靖国ご親拝を」のふたつを訴え、全体声明に盛り込む。

 これも例年どおりだ。

 ご存じのとおり、靖国神社が大きな政治・外交問題になったのは1978年のA級戦犯合祀以降だ。

 アジア諸国の反発の是非は措き、戦勝国にとっては、講和条約で東京裁判を受け入れて国際社会に復帰した日本の首相や閣僚たちが、かつての戦争指導者たちを祀った施設に赴き頭を下げることは、戦後秩序への挑戦と映る。富田朝彦・元宮内庁長官のメモによると、昭和天皇が1975年を最後に靖国参拝をやめた理由は、A級戦犯の合祀に強い不快感を抱いたからとされている。

 ニュルンベルクと東京の二都市で戦後開かれた国際軍事裁判については、訴因の立証や政治的介入、事後法の「平和に対する罪」適用などをめぐって様々な批判があるが、全否定でも全肯定でもなく、その国際法的な意義と課題が学術的に検証されている。

 国際法を公然と無視して開戦した国が勝利した場合、こうした国際裁判はあり得ないし、敗けて裁かれた場合、法廷が戦勝国と中立国によって構成されるのは必然だ。米国の無差別爆撃と原爆投下が国際法違反として裁かれないのは不公正だ、という指摘はその通りだが、それを主張できるのは、国際法の規範的権威とその遵守を受け入れればこそだろう。

〈A級戦犯〉 1946年5月に開廷した極東国際軍事裁判(東京裁判)では、侵略戦争を起こす共同謀議を行ったとして28人の被告が「平和に対する罪」などに問われ、病死2人と病気による免訴1人を除く25人全員が有罪となった。死刑判決を受けたのは東条英機、板垣征四郎、土肥原賢二、松井石根、木村兵太郎、武藤章、広田弘毅の7人。皇太子(現上皇)誕生日の1948年12月23日、巣鴨プリズンで絞首刑が執行された。

 とはいえ、参拝者に話を聞いてみると、「国のために戦った祖父に感謝を伝えにきた」「二度と戦争を繰り返したくないという思いで参拝した」といった声が大半だ。百田尚樹の『永遠の0』を読み「あの時代の若者のことを忘れてはいけないと思った」という高校生もいた。

 一方で、東京裁判など勝者の一方的裁きだ、日本は中国に侵略などしていない、と強く反発する人にも少なからず遭遇する。終戦の日特有の磁力なのか、この日も、大学生2人に「従軍慰安婦を国が取り仕切るなんてあるわけない。罪悪感を持たせ続けるためのアメリカと韓国の陰謀だ」とまくし立てられた。「慰安所の管理に軍が関与したことは日本政府も認めている」と指摘しても、「そんな証拠はない」ととりつく島がない。

 名状し難い疲れを感じて、九段をあとにした。

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筆者

石川智也

石川智也(いしかわ・ともや) 朝日新聞記者

1998年、朝日新聞社入社。社会部でメディアや教育、原発など担当した後、特別報道部を経て2021年4月からオピニオン編集部記者、論座編集部員。慶応義塾大学SFC研究所上席所員を経て明治大学ソーシャル・コミュニケーション研究所客員研究員。著書に『さよなら朝日』(柏書房)、共著に『それでも日本人は原発を選んだ』(朝日新聞出版)、『住民投票の総て』(「国民投票/住民投票」情報室)等。ツイッターは@Ishikawa_Tomoya

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