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最後の巨大市場・アフリカで日本は何ができるか?

着実に存在感を増す中国。日本はどう対応するべきか。TICAD7を前に考える

吉岡桂子 朝日新聞編集委員

中国がアンゴラに造った長距離鉄道。首都ルアンダにあるビアナ駅では、通勤客や地方に向かう人たちが朝早くから利用していた=2019年6月10日 
中国がアンゴラに造った長距離鉄道。首都ルアンダにあるビアナ駅では、通勤客や地方に向かう人たちが朝早くから利用していた=2019年6月10日 、石原孝撮影

 「中国がジェット機なら日本は紙ヒコーキ」。アフリカでの日本と中国の存在感の違いを、アフリカの表と裏を知り尽くす平野克己・JETROアジア経済研究所理事はそう言い切る。発展の可能性に吸い寄せられて返せないほどの金を貸しこむ。先進国がかつて犯した過ちを、中国はより獰猛(どうもう)に繰り返しているように見える。好機と罠(わな)を併せ持つアフリカに日本はどう向き合うべきか。ともに歩める道はどこに。経験豊かな他国の企業や国際機関との連携が必要と平野氏は指摘する。

平野克己・日本貿易振興機構・アジア経済研究所理事=2019年6月26日、千葉市、吉岡桂子撮影

平野 克己(ひらの・かつみ) 日本貿易振興機構理事
専門はアフリカ地域研究、開発経済学、グローバル社会研究(博士)。1956年北海道小樽市生まれ。早稲田大学大学院修了後、在ジンバブエ日本大使館専門調査員を経てアジア経済研究所に入る。日本貿易振興機構(ジェトロ)ヨハネスブルクセンター所長などを経て、15年から理事。著書に『経済大陸アフリカ:資源、食糧問題から開発政策まで』(2013年、中公新書)「アフリカ問題開発と援助の世界史」(2009年、日本評論社)など。

 日本が主導し、アフリカ各国の首脳が参加する第7回アフリカ開発会議(TICAD7)が8月末、横浜市で開かれる。発展の可能性と貧困が混在し、「最後の巨大市場」とも呼ばれるアフリカ。長くアフリカにかかわってきた中国が、国力の増大とともに存在感をますます強めるなか、日本にできることはなんだろう。1980年代からアフリカ研究に携わる平野克己・日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所理事に話をきいた。(編集委員・吉岡桂子)

日本に比べて格段に多い中国の関与

――「アフリカ支援で中国に負けるな」という声を日本ではよく聞きます。中国版TICADともいえる中国・アフリカ協力フォーラム(FOCAC)を北京で開き、各国の首脳を集めた2006年ごろから強まりました。

平野 日本と中国のアフリカ関与は、規模が違いすぎて比べられません。中国はアフリカにとって最大の貿易国であり、投資残高も世界第5位です。中国政府が把握しているだけでも3700社を超える中国企業が進出し、100万人の中国人がアフリカで暮らしています。日本は貿易投資とも上位10カ国に入っておらず、進出している企業の拠点は約800、アフリカにいる日本人は8千人程度です。アフリカでの存在感は、「紙ヒコーキ」と「ジェット機」ぐらい違うのです。このような現状を踏まえたうえで、日本にやれることは何かを考えるべきでしょう。

――私が1980年代後半に北京語言学院(現・北京語言大学)に短期留学したとき、中国政府の招きで留学しているアフリカの国々の高官の子弟がたくさんいるのに驚きました。

平野 中国は、まだ貧しかった1950年代から、アフリカの独立運動を支援していました。「非同盟諸国の連帯」を示す国際政治でもあり、国連で台湾に代わって承認を受けるためにアフリカを味方につける戦略でもありました。1990年代になると、中国は資源の獲得に加えて、通信機器大手の中興通迅(ZTE)が南アフリカに進出するなど、通信インフラにも積極的にかかわっています。労賃が安いエチオピアには中国専用の経済特区がうまれ、数多くの中国企業が入っています。中国政府が把握しきれない中小企業や個人商店も多い。現在は、資源熱は落ち着き、交通インフラ建設を軸に多様な分野に展開しています。

アフリカに鉄道を敷いた中国はすごいのか?

平野克己・日本貿易振興機構・アジア経済研究所理事=2019年6月4日、東京都港区、竹花徹朗撮影
――中国は今年6月、湖南省長沙で中国・アフリカ経済貿易博覧会も始めました。地元の国有企業を中心にアフリカビジネスに縁が深い地方都市です。1960年代から70年代にかけてタンザニアとザンビアを結ぶ鉄道へ協力した実績について、中国政府はしばしばアピールしています。当時は中国人労働者を現地に派遣しても、国際社会はたいして注目しませんでしたが、中国の国力の増強に伴い、鉄道協力も支配の道具に見えてしまいます。

平野 アフリカでの鉄道敷設は経済的に難しいと、長く考えられてきました。欧州が植民地時代に敷いた鉄道は、カカオなど農産品や鉱物資源を運ぶためのものでした。1960年代以降、多くの国が独立した後に実施された専門家の調査でも、アフリカは人口分布がまばらで鉄道は採算に合わない、とされてきた。

 そこへ、中国が「一帯一路」構想を掲げて線路を敷きだしたのです。長くアフリカに関わってきたものの目からすれば、驚きです。ただ、中国が敷いた鉄道が、旅客や貨物を満載して走っているとは聞いていません。さらなる経済成長によって大量の物流や人の往来がうまれないと、経営は成り立たないのではないでしょうか。中国が鉄道などインフラを造ってくれるなら、現地の人々やアフリカに投資した外国企業も使えるので、悪い話ではありませんが……。

中国も債務の「罠」に落ちている?

Nasi_lemak/shutterstock.com
――中国の支援で、アフリカ大陸の東側インド洋に面するタンザニアから西側の大西洋沿いのアンゴラまでアフリカ大陸を横断する鉄道が7月末、開通しました。4300㌔に及びます。アデン湾に臨むジブチとエチオピアを結ぶ752㌔は2016年から、ケニアでも2017年から約500㌔にわたって列車が走っています。中国の支援の多くは無償援助ではありません。鉄道経営が成り立たなければ、アフリカの国々は中国から借りた巨額の資金を返せなくなります。債務の「罠」に陥る恐れを、国際通貨基金(IMF)などが指摘しています。

平野 中国は、先進国よりはるかに安いコストで鉄道を建設できるので、長期的には採算がとれると考えているのかもしれない。あるいはまた、自国の高度成長期が終わったいま、国内でだぶつく資材を処理し、ゼネコンや融資先を探す金融機関のはけ口として、アフリカを利用しようと考えているのかもしれない。中国がアフリカを「債務の罠」に陥れようとしているというよりも、自らが「罠」に落ちている可能性だってある。

――中国自らが罠に落ちる?

平野 中国は改革開放に踏み出してから40年、経済成長を続けてきました。鉄道に限らず道路や発電所などの公共事業は、高度成長期ならば詳細な事業化調査(FS)をしないで建設しても、完成するころには需要が生まれています。高度経済成長はインフラ建設との追いかけっこです。勢いで始めても成長が追いついて採算がとれ、さらに成長が加速されるわけです。

 中国自身は次第に成長が鈍化するなか、国内ではそうしたやり方が通用しなくなってきたようです。中国がアフリカに経済進出を始めた頃は、資源ブームのなかでアフリカ経済も高成長を謳歌(おうか)していましたが、今は違う。アフリカの多くの国では、資源価格が下がると成長が止まります。この点が、製造業を軸にして安定的に成長できるアジアとは異なっているのです。

 中国のアフリカ向け融資は、鉄道に限らず巨大なインフラ事業の実施によって、たいへんな勢いで積み上がっている。アフリカに対して、世界銀行を加えた先進国のODA融資合計を上回るほどの額を、中国一国で貸しているのですから。中国は、かつて先進国がアフリカにおいて経験したように、融資の返済繰り延べに応じるか、あるいは債務免除するかを迫られるでしょう。中国の銀行に不良債権が積み上がる恐れもあります。現在アフリカ諸国は外貨繰りに苦しんでいますが、一部ではすでに中国から借りたお金が返せなくなり、中国が債務救済するケースも出てきています。

欧米とは異なる日本・中国の手法

――中国人民銀行(中央銀行)前総裁の周小川氏にインタビューしたおり、「世界中の過剰債務の問題をすべて中国の責任にされても困る」「国によっては歴史的に債務が多く、さらに中国からの融資が積み上がり、過大になってしまった場合もある」と言いながらも、中国の金融機関が「情報のやりとりが十分でなく、透明度も高くない問題」や相手国の債務負担能力について理解不足だったり、複数の金融機関が効率を考慮せず、競争しあって貸してしまったりしていると認めていました。インフラに偏らず民生への援助に多様化させなければならないとか、持続可能性を考慮すべきだとか、中国内にも改善を模索する動きはあるようです。日本は緒方貞子氏が国際協力機構(JICA)理事長(2003~13年)を務めた時代、中国の動きを知るためにもアフリカ支援での日中協力を模索しましたが、実現しませんでした。

平野 日本もかつては円借款を梃子(てこ)として、アジア諸国でさかんに経済インフラをつくっていましたが、アジアの国々は順調に経済成長したので、いまでは毎年巨額の返済金を受けています。開発援助の中心を無償資金協力においてきた欧米諸国に比べて、日中は手法が似通っているんです。

 日本もかつて、対インドネシア円借款の返済を資源で受け取っていたこともあるし、自国企業に発注する「ひもつき援助」を欧州に批判されていました。高度成長期の日本の経済協力政策を、中国はお手本にしているのかもしれない。日本の経済協力政策はアジアを対象にして成功しましたが、中国がアフリカを舞台にしてうまくいくかどうか。鍵を握るのは農業でしょう。

中国にアフリカを総取りされる恐怖

平野克己・日本貿易振興機構・アジア経済研究所理事=2019年6月4日、東京都港区、竹花徹朗撮影

――日本政府は、国連安全保障理事会常任委員会入りを目指していた2005年、中国の影響を受けたアフリカ支援を思うように得られなかったこともあって、失敗しました。その後、軍拡を続ける中国への安全保障上の対抗もあってアフリカ支援にますます熱心ですが、コストや経営を重視せざるをえない民間企業は及び腰に見えます。

 中国は政府・共産党の旗振りもありますが、リスクを恐れず勝手に出て行って商売する人も多い。アフリカで災害や事故、抗争があって中国人が犠牲になるケースも増えています。こんな所にも中国のビジネスマンがいたのか、と驚くこともあります。アリババの馬雲会長もアフリカを訪ねるなどIT企業もビジネスの種を掘り起こそうと積極的です。

平野 日本政府は冷戦終結後の1993年に、アフリカへの関心を喚起するため、アフリカ開発会議(TICAD)を始めました。ところが、バブル経済崩壊で日本企業はむしろアフリカビジネスの拠点を減らしてしまい、日本の関係者の中には、TICAD3が終わった2003年にはもう、TICADをやめてもよいのではないか、という声もあったんです。

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