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なぜ安倍政権は対韓強硬措置に独走するのか/下

植民地支配をめぐる日韓「歴史戦」の最前線

武藤一羊 評論家


拡大日韓基本条約に調印後、佐藤栄作首相(中央)主催のレセプションで談笑する(左から)椎名悦三郎外相、李東元・韓国外務部長官、金東祚・韓国首席代表=1965年6月22日、東京

1928年以前-帝国主義の結託

 日韓正常化交渉と1965年条約の締結は、1952年に発効したサンフランシスコ講和条約が、朝鮮の独立と朝鮮への日本のすべての請求権の放棄を規定(第2章(a))し、朝鮮側の対日請求権は、日本国と現に施政を行っているもの(この場合は韓国政府)との特別取極の主題とする、と定めていることに従って行われた。

 このサンフランシスコ講和条約は第11条で「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内および国外の他の地の連合国戦争法廷の裁判を受諾」するとしている。東京裁判として知られるこの裁判では、東条元首相をはじめとする被告たちは、1928-1945年の期間、共同謀議に基づき、東アジア、西太平洋、南西太平洋、インド洋で侵略戦争を遂行した彼らの行為が「平和に対する罪」を犯したとして裁かれた。有罪とされた被告のうち、東条以下7名が絞首刑に処された。

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筆者

武藤一羊

武藤一羊(むとう・いちよう) 評論家

1931年東京生まれ。東京大学文学部中退。初期の原水禁運動の専従、ジャパン・プレス社勤務などを経て60年代べ平連運動に参加。69年、英文雑誌『AMPO』創刊。73年、アジア太平洋資料センター(PARC)を設立、96年まで代表、共同代表を務め、国際プログラム「ピープルズ・プラン21」を推進。98年「ピープルズ・プラン研究所」を設立、その共同代表を経て、現在運営委員。83年より2000年までニューヨーク州立大学(ビンガムトン)社会学部教員

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです