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山川健次郎と日米親善/『書簡集』が示す真実

初めて公開される書簡の現物・控え・草稿から読み解く

小宮京 青山学院大学文学部准教授

『書簡集』とは何か

拡大山川健次郎氏の『書簡集』の表紙=ご遺族提供
 『書簡集』は、書簡を写した用箋(ようせん)に、厚紙の表紙を表裏に付し、紐でとじた冊子体である。大きさはB5判くらいで、全体でおよそ400ページほどであろうか。かなり分厚い。

 収録されているのは、健次郎が出した書簡の現物や、その控え、あるいは草稿である。とりわけ多くを占めるのは、おそらく編纂時に現物が残っていたであろう、妻の鉚(りゅう)宛の書簡である。編者によると、旅行先から留守宅の妻に宛てたものだという。

 一方で、健次郎が就いていた公職関係、例えば東京帝国大学総長時代の書簡は「草稿」や「控え」と注記がなされている。当然とはいえ、書簡は他者に宛てたものであるから、差出人の手元に現物は残らない。残るのは、必然的に「草稿」や「控え」になる。

 こうした性格を持つがゆえに、『書簡集』には一定の限界が存在する。

 まず、健次郎の書簡や草稿の全てを網羅してはいない。例えば、ご遺族所蔵の新出資料として、前回記事で紹介したのは、1927(昭和2)年4月23日付の一木喜徳郎宮内大臣に宛てた書簡であった。だが、これは『書簡集』には収録されていない。

 これは、『書簡集』編纂の時点で、既に健次郎の関係資料が散逸していた可能性を示唆する。あるいは前述の書簡は皇室に関する内容を含むために、編者が掲載を見送った可能性もある。付け加えると、『書簡集』には一木宛の書簡は含まれていない。非常に残念である。

 さらに、健次郎が受け取った書簡も収録されていない。これも甚だ残念である。

 とはいえ、編纂当時存在していた健次郎発書簡や草稿を全て網羅していないという限界はあるにせよ、『書簡集』は健次郎の活動を明らかにする貴重な資料と評価できよう。

『書簡集』は本物なのか?

 ここまでお読みになった読者の中には「書簡の現物が残っていないのに、本物かどうか確認できないのではないか?」と思われる方もおられるかもしれない。たしかに、ご遺族の手元に残っていたとしても、それだけで資料の真正性を担保するものではない。

 そこで、従来知られている資料と比較してみたい。

 前述した花見編『男爵山川先生伝』には、健次郎の書簡が引用されている。その中に、1919(大正8)年6月9日付の、中橋徳五郎文部大臣宛の書簡が引用されている。その内容を簡単に紹介すると、貴族院の勅撰(ちょくせん)議員に、学術経験者、とりわけ理学方面の議員が少ないことを嘆き、理学博士の櫻井錠二を推薦するという内容である(『男爵山川先生伝』416-417頁)。

 『書簡集』に目を転じたい。こちらにも1919(大正8)年6月9日付の中橋徳五郎文部大臣宛の「書簡草案」が収録されている(下線は引用者による。以下も同様)。書簡草案の冒頭を引用すると、

「貴族院令第一条に貴族院議員の組織中第四号に 国家に勲労あり 又は学識ある者より特に勅任せられたる者と有之候が 近来学識と云ふ立場より勅選せられたる者甚だ少く就中理学方面より勅選せられたるは初期以来男爵菊池大麓外一人に御座候」

とある。引用に際して、適宜新字に置き換えた。

 この部分を『男爵山川先生伝』の引用と比較すると、伝記には句読点が付いており、また「貴族院令第一號」となっている。伝記の方が引用間違いで、『書簡集』の方の「貴族院令第一条」が正しい。

 ともあれ、冒頭を比較すると、戦前の伝記編纂時に使用された書簡(草稿)であることは間違いなく、健次郎の遺稿に含まれていたのは確実であろう。この書簡(草稿)以外にも、伝記中に部分的に引用されている書簡が複数存在する。ゆえに『書簡集』収録の書簡や草稿は、一定程度信頼に足るべきものと評価できるだろう。

 書簡の内容について補足すると、菊池大麓を含む二人しか理学者の勅撰議員がいないと書いている。この「外一人」とは健次郎自身のことを指すと推定される。健次郎は1904(明治37)年に貴族院令第1条4項により、貴族院議員に勅選されていた。

 ちなみに、菊池は健次郎と一緒に日本で最初に理学博士号を授与された人物で、東京帝国大学総長や文部大臣を務めた。そのうえで健次郎は櫻井を勅撰議員に推挙している。結果的に、櫻井は1921(大正10)年に貴族院議員に勅選された(若林文高「日本の近代化学の礎を築いた櫻井錠二に関する資料」『化学と工業』Vol.67-7、2014年)。

 なお、中橋徳五郎の関係資料については知られていないため、その点でもこの書簡(草稿)は貴重である。

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筆者

小宮京

小宮京(こみや・ひとし) 青山学院大学文学部准教授

東京大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。専門は日本現代史・政治学。桃山学院大学法学部准教授等を経て、2014年から現職。著書に『自由民主党の誕生 総裁公選と組織政党論』(木鐸社)、『自民党政治の源流 事前審査制の史的検証』(共著、吉田書店)『山川健次郎日記』(共編著、芙蓉書房出版)、『河井弥八日記 戦後篇1-3』(同、信山社)など。

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