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米富豪の性的虐待事件に怯えるフランスの人たち

パリと浅からぬ関係の故エプスタイン被告。フランス人共犯者ありとメディアも報じ……

山口 昌子 在仏ジャーナリスト

benjaminec/shutterstock.com

捜査開始を示唆するパリ検察

 少女らへの性的虐待などの罪で起訴され、拘留中のニューヨークの刑務所の独房で8月10日に首つり自殺したアメリカの富豪ジェフリー・エプスタイン被告(66)の“フレンチ・コネクション”への捜査が近く、開始される可能性が高まっている。

 「米当局の捜査によって、エプスタイン被告とフランスとの関係が明らかになった以上、犠牲者のために、フランス内での捜査を開始するべきだ」。ニコラ・ベルバ仏司法相宛てに声明を発表して「フランス国内での早急な捜査開始」を要請したのは、同じマクロン政権のマルレーヌ・シアパ男女平等・差別対等担当相(女性)とアドリアン・タケ連帯・保健担当相(男性)の2人だ。

 これに先立ち、フランスのNGO組織「危険にさらされている無邪気な者たちの会」も、パリ検察庁長官宛てに書簡を送っている。エプスタインの逮捕直後の7月23日にも声明を発表して捜査開始を要請したことを指摘したうえで、「閣下の沈黙を確証する」と捜査が開始されないことを批判。そのうえで、同組織が最近、「エプスタインと彼の共犯者たちによって創設された売春組織網の犠牲者に、フランス人がいることを確認した」と述べ、犠牲者の女性たちが証言に応じる用意があることも示唆した。

 ベルバ司法相は「個々の予審捜査は司法の独立を確認するために禁止されている。捜査開始を決めるのは政府ではない」と回答し、司法当局の決定を待つとしている。パリ検察当局はフランス通信社(AFP)に対し、「(米当局から送付された)種々の要素を分析し、付き合わせの最中」と述べ、捜査開始の意図があることを示唆した。

パリで我が世の春を謳歌したエプスタイン

 エプスタインとパリとの関係は確かに深い。

パリのフォッシュ大通りのエプスタインの豪華マンションの建物
 凱旋門に近い高級住宅街フォッシュ大通りに豪華マンションを所有し、定期的に滞在。2018年から19年にかけてはプライベート・ジェット機で11回パリを訪問したことや、7月6日の逮捕直前にも滞在したことが判明している。アメリカの捜査当局が押収したエプスタインの「黒い小型ノート」には、40人余の交友者の名前をはじめ、“マッサージ嬢”の名前や住所、連絡先などがぎっしり記入されており、この中にはフランス人の名前も多数、記載されているという。

 フランスでは2000年代初期まで、フランス人の特性として、「リベルタン(自由恋愛)」を誇り、“恋愛”に寛容な気風があった。国際通貨基金(IMF)(本部ワシントン)の専務理事(当時)で、2012年の仏大統領選の有力候補でもあったドミニク・ストラスカンがニューヨークのホテルでレイプ事件を起こした時も、「政界復帰が可能」と判断したフランス人が50%あまりいたので、呆(あき)れたことがある。

 最近はさすがにこうした時代遅れな考えは影を潜め、今回のように政治家が率先して「性的虐待事件」の捜査開始を要請する時代になったが、エプスタインがパリでわが世の春を謳歌(おうか)していたことは、想像に難くない。

フランス人の“共犯者”も判明

 エプスタインはこのパリの豪華マンションやニューヨーク・マンハッタンの豪邸、マイアミの別荘などで未成年の少女たちに性的虐待を繰り返していたほか、売春目的の“マッサージ嬢”と称する少女たちを知人らに提供していたことも判明している。

Sergii Rudiuk/shutterstock.com
 さらに、すっぱ抜きで知られるフランスの左派系ニュースサイト「メディアパルト」をはじめ、複数の仏メディアが、エプスタインにフランス人の“共犯者”がいたことを報じた。

 エプスタインの「フランス人の友人」として知られるジャンリュック・ブリュネルだ。ブリュネルは1978年にパリでモデルの斡旋(あっせん)事務所を創立し、マイアミにも支部を設立。80年代から90年代にかけて、国際的なモデル事務所として、業界を牛耳っていた。

 マイアミの事務所設立の資金はエプスタインが援助したといわれる。ブリュネルはパリから少女たちを「モデル」のビザで渡米させ、エプスタインや彼の友人、知人たちに提供していた。少女たちは、憧れのモデルの仕事と引き換えに、「性の奴隷」になっていたわけだ。

「#Me Too」を経て証言が続々

 「#Me Too」が世界の注目を集めるまで、この種のセクハラ、パワハラ事件の犠牲者は「泣き寝入り」状態に置かれていた。「危険にさらされている無邪気な者たちの会」によると、犠牲者の少女たちもこの数年、積極的に証言をし始めているという。オランダや北欧から、モードの本場パリでのモデルを夢見てブリュネルの事務所に登録し、仕事と引き換えにブリュネルにレイプされた時の具体的な状況などの証言もある。

 現在、40、50歳の元モデルらには、「エプスタインは10代のか弱い少女がお気にいり。20歳以上は興味なし」などの証言もある。

 エプスタインは2008年にフロリダで「少女たちに対する性的犯罪」で13カ月の実刑判決を受けた。以後、彼の名前は再犯が多い「性的犯罪者」のリストに登録されていた。

 この時、JPモルガン・チェース銀行は、彼の口座を閉鎖するつもりだったが、2013年まで閉鎖しなかった。ニューヨーク・タイムズによると、銀行の重役の一人が「この優良顧客は、多数の優良顧客も紹介してくれるので、大事にするべきだ」と擁護したからだという。この重役とエプスタインとの関係が気になるところだ。

 この時は、“秘密取引”に応じた担当検事のお陰で、通常は長期禁固刑になるところを、この種の犯罪としては異例の13カ月という短期の刑になったといわれる。連邦捜査局(FBI)の捜査も免れ、ニューヨークなどでの犯罪や交友関係も明らかにされなった。この時の検事がトランプ政権のアレキサンダー・アコスタ労働長官で、エプスタインが逮捕された後の7月19日に辞任した。今回は、45年の有罪判決が予測されていたので、長期の刑務所生活には耐えられないと悲観して自殺した、との指摘もある。

トランプ、クリントン、オバマ……多彩な交友関係

 エプスタインの交友録にはトランプ大統領をはじめクリントン元大統領やオバマ前大統領、米大手銀行のトップ級や財界人、さらにハーバート大やマサチューセッツ工科大などの高名教授にアンドリュー英王子らと多彩な超有名人が名を連ねているといわれる。「性的嗜好」には左右の党派も、研究の専門分野も、社会的階級の垣根もないようで、興味深い。

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