メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

昭和天皇の“肉声”文書と“大見識”の田島道治氏

「どうしても」の反復から浮かぶ戦争の「反省」への強いこだわり

田中秀征 元経企庁長官 福山大学客員教授

拡大田島道治氏が昭和天皇とのやりとりを記録した「拝謁(はいえつ)記」など=2019年8月19日、東京都渋谷区のNHK放送センター

公開された昭和天皇と初代宮内庁長官のやりとり

 8月19日、占領期における昭和天皇の発言を記す「文書」の一部が、NHKから報道各社に公開され、話題になっている。

 終戦後に初代宮内庁長官をつとめた故・田島道治氏(1985~1968)と昭和天皇との面会でのやりとりを記録したもので、それを入手したNHKが報道し、遺族から同意を得られた部分のみを抜粋して公開。一部は「拝謁記」と記されているという。

 今回公開されたのはごく一部のようだが、それでも昭和天皇の当時の心情や考えが明確に示され、超一級の歴史資料である。

 メディア、特に新聞報道で伺える限り、昭和天皇の発言には、納得できないこと、意外なことは、私には一つとしてなかった。「やっぱりそうだったか」と受け止めて、尊崇の念が高まった。

「文書」の信頼度を高める田島道治氏

拡大田島道治氏
 歴史資料の内容に対する信頼の度合いは、当然ながら、天皇に拝謁(はいえつ)して記録を残した当事者に対する信頼感による。その点で、田島道治氏は天皇の「言葉」を伝えるのにうってつけの存在であった。

 最近の日本には、“大見識”の人と呼ばれる人がいなくなったように思う。だが、少なくとも昭和30年代には、そういう人たちが少なからず存在していたと思う。当時、まだ学生だった私でさえ、田島氏の群を抜く学識、磨き抜かれた公正な人格を知っていた。

 押しかけて住み込みの書生になった新渡戸稲造が田島氏の「生涯の師」になったのだろう。「拝謁記」には、師から学んだ温かさと厳しさが随所に垣間見える。

 今回の「文書」には、昭和天皇の戦前史への思いと、戦後体制への願望の二つが表れていると見ることができよう。いずれも今まで推察されてきたことに近いものの、それが明白に確認された意味は大きい。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

田中秀征

田中秀征(たなか・しゅうせい) 元経企庁長官 福山大学客員教授

1940年生まれ。東京大学文学部、北海道大学法学部卒。83年衆院選で自民党から当選。93年6月、自民党を離党し新党さきがけを結成、代表代行に。細川護熙政権で首相特別補佐、橋本龍太郎内閣で経企庁長官などを歴任。著書に『平成史への証言 政治はなぜ劣化したのか』(朝日選書)https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=20286、『自民党本流と保守本流――保守二党ふたたび』(講談社)、『保守再生の好機』(ロッキング・オン)ほか多数。

田中秀征の記事

もっと見る