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日本の介護施設で外国人が管理職になる日

2025年、2035年の超介護人材不足。持続可能な社会保障制度を維持できるか?

来栖宏二 アゼリーグループ 社会福祉法人江寿会理事長、医学博士

 介護現場では、人手不足が深刻です。高齢者人口が増える一方、支えては減っていく時代です。東京都江戸川区で介護、保育、医療を一体で提供する地域密着型のサービスを提供している「アゼリーグループ」では、外国人を積極的に雇用しています。外国出身者も日本人同様に管理職へ昇進し、国内産業と見られていた業界が、国際的な業界へと変貌しているといいます。代表の来栖宏二さんに、2回(前編後編)に分けてリポートしてもらいます。(「論座」編集部)

2025年には介護人材37万人不足に

 住民基本台帳に基づく日本の2019年1月1日時点の人口動態が総務省より公表された。日本人の人口は、1億2477万6364人で、10年連続で減少し、今年は過去最大の減少幅で、その数は43万人だった。

 生産年齢人口(15~64歳)は7423万人で、前年から61万人減少し、この減少による人手不足は統計にも顕著に表れている。

 日本全体での人手不足を、外国人人材により少しでも補っていこうという傾向により、外国人雇用が増加している。それを示すように、外国人の人口は16万人増加の266万人で、その内訳は85%が生産年齢人口の226万人だ。この傾向はますます顕著になっていくことは容易に想像ができる。

 人口動態の変化によって社会構造も変化してきており、介護についても家族介護から「介護の社会化」の旗印のもと2000年に介護保険制度が創設された。制度が始まった当初より団塊の世代の動向が介護政策の中心だった。

 2025年はまさに団塊の世代が後期高齢者、つまり75歳を迎える年であり、厚生労働省の2015年の推測では約37万人の介護人材が不足するといわれている。

 しかし、過去20年間の介護保険制度での統計によると、75歳に至っても介護保険でサービスを受ける割合は約13%と言われている。つまりほぼ9割近い後期高齢者は、まだ介護が必要ではないのである。それでも約37万人が不足しているのである。

 では10年後の2035年の介護人材不足問題はどうなるのであろうか。

 統計によると、85歳以上になると約6割の老人に介護が必要となる。つまり団塊の世代が85歳になる2035年には、経済産業省の2018年の推計によると約79万人の介護人材が不足すると見られている。今後、介護の担い手である生産年齢人口が減少する日本で、介護問題だけでも果たして「持続可能な社会保障制度」を維持できるのだろうか。

介護クライシス①歩行が不自由な利用者を介助する外国人スタッフ=アゼリアグループ提供

スタッフ不足で入居者入れられない施設

 介護業界はほとんどが女性の就労者である。

 近年は女性の子育て世代の就業率が低くなるいわゆる「M字カーブ」も、保育所などの整備もあって改善傾向だ。さらに働き方改革による女性就労の促進や定年延長による高齢者の就労、また障碍者雇用の法制化と基準の強化などの政策により、介護保険制度開始以来、介護業界への就業者数自体は3倍以上増えている。

 また、政府は人手不足による介護保険制度崩壊を避けるために、生産性を向上すべく介護ロボットの導入促進制度や業務のIT化推進補助金など様々な取り組みを行っている。しかし、迫りくる2025年、2035年の超介護人材不足についての解決の見込みがついたとは到底考えられない。

 現在、一般的には、特別養護老人ホームでは待機者が多く入居は数年待ちであると思われている。確かに多くの待機者がいる現実はあるが、その理由として空きベッドはあるのに、スタッフ不足のために新たな入居者を入れられないというホームが増えてきていることをご存じだろうか。

 新規開設はしたものの1年以上を経過しても定員の半分しか利用者を入れることができずに経営危機になっている特別養護老人ホームもあると聞く。

職員の1割以上が10カ国以上からの外国出身者

 私が経営するアゼリーグループは江戸川区を中心に介護、保育、医療を一体で提供する地域密着型のグループで、その中核事業である特別養護老人ホームは介護保険制度が始まる1年前の1999年に江戸川区に開設された。江戸川区は東京の東側、千葉県との境にある昔ながらの下町と湾岸地域の新興住宅地が混在する23区の中では一番住民の平均年齢の低い自治体である。

 特に東京都の中では新宿区に次いで2番目に外国人の居住者が多く、近年は「リトルインディア」と呼ばれるほどインド系の外国人が多く、先の区議会選挙では初めてインド出身の区議会議員が誕生した。アジア系外国人が多く居住し、街を歩いていると普通に外国出身者とすれ違い、特に通勤時間帯の駅などでは日本語以外の言語が普通に飛び交い、そのような光景が日常となっている。

 アゼリーグループでは10カ国以上、全スタッフの1割を超える外国出身者が活躍している。日本人スタッフと外国出身スタッフが一緒に業務にあたっているのが日常であり、スタッフ間でも、出身国などは特別に意識していないようである。

介護クライシス①クリスマスを楽しむスタッフと利用者=アゼリアグループ提供

最初の雇用は日本人の配偶者の在日フィリピン人から

 なぜ外国出身スタッフが増えたのか。

 それはやはり人手不足が始まりだった。2008年のリーマンショック以前においても介護業界では人手不足問題が徐々に進行していた。2000年に介護保険制度が導入され、多くの企業が新規参入し、また介護を産業として超高齢化社会を見据え、当初は産業として有望と考えられ人材が集まった。

 しかし、介護需要の急増による人材の需給バランスの崩壊と、2006年に最大手企業の不祥事が報道されことなどをきっかけにマスコミで喧伝され始めた3K(きつい、汚い、危険)職場というイメージで日本人の雇用が難しくなり始めた時期である。

 最初の外国人介護スタッフの採用は、配偶者が日本人の在日フィリピン人だった。日本人の採用が少しずつ難しくなり、今後さらに採用困難な状況になるのだろうと漠然とした不安があり、言葉に不自由のない外国人スタッフを非常勤パートとして採用を始めた。

 高齢の日本人利用者には抵抗があるかなと不安に思ってのスタートであったが、まったくの杞憂であった。逆にその陽気な国民性で利用者の間で人気となっていた。漢字を使う記録業務などで日本人スタッフとの間での業務の調整は必要だったが、徐々にチームのメンバーとして欠かせない存在となった。また在日フィリピン人のコミュニティーでも介護が新たな職場として認識され、口コミで就職希望者が増えていった。

 在日フィリピン人スタッフが非常勤スタッフとして増えていった時期ではあったが、現場での人手不足感は拭えなかった。また地域での介護需要の増加とそれに伴う行政からの要請もあり、介護付きケアハウスの施設開設認可を得て2007年春にオープニングを控えていた。

「留学生就職フェア」に介護業界が出展する時代に

 介護業界は一般的に離職率の高い業界と言われている。その原因の一因は、小規模事業者が多く、労務管理が適切でないと言われている。監督官庁の厚生労働省も、「一法人一施設」から「一法人複数施設」経営の経営主体の大規模化に舵を切り始めたのもこのころである。

 新施設開設による複数施設経営の規模の拡大が、退職職員を中途で補う「行きあたらばったり」人事から、新卒を採用してキャリアプランに基づいた「計画的な」人事を可能にし、定着率を改善すると考えられている。また介護業界には新設施設は求職者、特に新卒者が集まるとの定説がある。全国的に新規介護施設の開設ラッシュもあり、日本人新卒者だけではオープニングスタッフの確保が困難だった。

 そこで新卒外国人留学生が候補になり、初めて「留学生就職フェア」に参加した。当時は今ほど外国人留学生を大企業が採用するということはまれであり、出展していた企業のほとんどが中小企業で、今では日本の有名企業に就職できるような多くの優秀な留学生が出展社ブースへ「日本企業に就職したい」との熱意をもって押しかけていた。

 ここで出会ったのが、現在法人の日本人を含むリクルートチームの責任者の中国出身の女性である。就職活動中の大学4年生で既婚者であり、一般的には採用に二の足を踏むケースではあるが、私は彼女との面接で、日本を代表する流通業のスタッフ競技会で日本一になった経歴に、どんな職種でも日本一になる人にはずば抜けた能力があると確信し採用を決定した。

 当然、日本人新卒者と全く同じ勤務条件で総合職として採用した。日本語レベルも含めまったく日本人新卒者と遜色なく、入社後は新施設オープニングのために採用した10人を超える新人の中でも、その活躍は目覚ましく、2年目には現場研修を予定より早く終了し、本部へと異動になった。

 彼女がスタッフ採用を担当する人事部に配属されてからは、その細やかな気遣いで外国人の採用が新卒・中途ともに増えていった。それは彼女の出身国以外のフィリピンやベトナム、モンゴルなどの採用につながっており、外国出身者が人事部にいて相談に対応していることが大きいのであろう。

 またキャリアパスについても、外国人、日本人といった区別もなく、現に今では現場のスタッフ採用責任者は中国出身の女性で、複数の日本人部下がいる。他にもホームページ更新や管理を含めIT業務の責任者はカナダ出身者であり、外国出身者も日本人同様に管理職へ昇進している。

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