市川速水(いちかわ・はやみ) 朝日新聞編集委員
1960年生まれ。一橋大学法学部卒。東京社会部、香港返還(1997年)時の香港特派員。ソウル支局長時代は北朝鮮の核疑惑をめぐる6者協議を取材。中国総局長(北京)時代には習近平国家主席(当時副主席)と会見。2016年9月から現職。著書に「皇室報道」、対談集「朝日vs.産経 ソウル発」(いずれも朝日新聞社)など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
GSOMIA破棄で日米と離反し孤立・北寄りに
韓国が日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA=ジーソミア)の破棄を2019年8月22日に決めた。植民地時代の元徴用工に対する賠償判決から日本による輸出制限、そしてその報復としての協定破棄、と報復の次元を移した応酬は、ついに安全保障問題にも及んだ。
日韓のメディアや政界には「予想外」という反応が広がるが、見方を変えれば「一貫」した文在寅(ムンジェイン)韓国大統領の姿勢が表れたものだ。
それは、朴槿恵(パク・クネ)前大統領による敏感な対日政策を「がらがらぽん」あるいは「ちゃぶ台返し」でリセットしようとするものだからだ。
日本との泥沼の報復合戦の一部ではあるが、文政権としては、2015年12月の「慰安婦問題政府間合意」と並ぶGSOMIA(2016年11月)も否定することで、対日協力政策も朴槿恵政権以前に戻す意志を鮮明にしたといえる。
もちろん文在寅氏が最初からGSOMIAの破棄を目指していたかどうかは分からない。1週間前からの動きで、その葛藤が見てとれる。
8月15日、韓国の「光復節」で文大統領は「キャンドル革命」「国民主権」という革新勢力のキーワードを封印し、慰安婦問題にも徴用工裁判問題にも触れなかった(『日本批判キーワードを封印した文在寅』参照)。同時に、日本との対話再開を呼びかけ、これ以上の摩擦を望まないと内外に呼びかけた。
私は「日本にやわらかめのボールを投げ返した」と見立てた。
直後から韓国メディアでは「政権は今のところGSOMIAを継続するつもりだが、推移によってはどうなるか分からない」という趣旨の政権幹部のコメントが飛び交うようになり、日本の出方を待つかのような印象を与えた。
防衛上の秘密情報を円滑に行うためのGSOMIAは、有効期限1年で自動延長されるが、期限の90日前までに通告すれば破棄できる。破棄・終了しようとすれば、8月24日がその期限だった。
だが、事態は韓国側が思う方向にはいかなかった。21日に河野太郎、康京和(カン・ギョンファ)両外相の会談が北京で開かれたが、意見交換を継続していくことでは一致したものの、韓国が望む輸出規制撤廃へ前進は見られなかった。
徴用工問題という韓国側の問題に端を発したとはいえ、8月になって融和への方向転換を目指した文在寅氏がGSOMIAをテコにしようとして日本の次なるボールの投げ返しを待ったが、来なかった。逃げ道を自らふさいだ形になった文氏は、自動延長が当然視されたGSOMIAにも手をつけることになった。