メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

外国人看護師と一緒に働く時代に必要なこと

あるインドネシア人看護師は言った。「ジルバブを着けないことは下着で歩くのと同じ」

石川陽子 首都大学東京健康福祉学部准教授

 高齢社会における医療や介護の担い手は誰なのか? 人口減少社会、人手不足社会が年々深刻化するが、AIやロボットでその不足分をカバーできるわけではない。国家資格が必要な看護の世界も人手不足は例外ではない。外国人看護師との協働時代に入った今、看護職場に横たわる課題を考えてみたい。

外国人看護師イメージ写真 nampix/shutterstock.com

外国人労働者受け入れへ事実上転換

 2018年6月に内閣府が発表した「経済財政運営と改革の基本方針2018~少子高齢化の克服による持続的な成長経路の実現~」により日本の外国人受け入れ施策は転換期を迎えたといわれる。これまで高度な知識や技術を持つ専門職に限られていた外国人労働者の受け入れを「深刻な人手不足対策に対応するため、一定の専門性・技能を有し即戦力となる外国人材を幅広く受け入れていく仕組みを構築する」とし、少子高齢化対策としての外国人労働者の活用を明確化した。

 この「深刻な人手不足」の業界のひとつに「介護」が挙げられる。介護分野で外国人材の受け入れは2008年の経済連携協定(Economic Partnership Agreement:EPA)から始まった。EPAは、幅広い経済関係の強化を目指し、貿易や投資の自由化・円滑化を進める協定で人の移動も含まれる。現在、インドネシア、フィリピン、ベトナムと介護福祉士・看護師の受け入れに関する協定が締結されており在留資格は「特定活動」となる。

 協定締結当時、厚生労働省は「人手不足を補うことを目的としたものではなく、あくまで2国間の協定に基づくもの」と説明していた。それから9年を経て、2017年には在留資格「介護」が新設された。日本の介護福祉士養成施設を卒業して介護福祉士の資格を取得した外国人が対象だ。また、「技能実習」の対象職種にも介護が追加された。

 2019年4月には先の基本方針に基づき創設された在留資格「特定技能」の14の特定産業分野のひとつに介護が指定され、政府は5年間で最大6万人の外国人介護人材を受け入れることを発表した。現在、外国人介護人材の在留資格としてEPAに基づく「特定活動」、「介護」「技能実習」「特定技能」の四つが認められている。

外国人看護師イメージ写真 joel bubble ben/shutterstock.com

看護人材の不足は2016年の推計で約3万~13万人

 しかし、本稿では外国人介護人材ではなく、外国人看護師に焦点をあてたい。厚生労働省による2018年の推計で2025年には約34万人が不足するとされる介護人材に対して、看護人材の不足は2016年の推計で約3万~13万人とされており、看護分野においても外国人の雇用は人材確保対策の選択肢のひとつだ。さらに、外国人の定住化や多文化を背景に持つ人々が増加する中で、外国人看護師は医療保健分野における異文化理解推進のキーパーソンとて期待されるのではないだろうか。

 外国人看護師の就労はEPAにより広く認識されることとなったが、看護師国家試験合格率の低さから制度の在り方についての議論は続いている。2019年の合格率は受験者全体の合格率89.3%に対し、EPAによる受験者の合格率は16.3%。ただしインドネシア7.5%、フィリピン17.7%、ベトナム47.9%と国により差がみられる。

 EPAにより来日し看護師国家試験に合格した者は400人を超えるが、帰国者も多い。EPA以前にはNPO法人「AHPネットワークス」が1994年から2008年まで「ベトナム人看護師養成支援事業」として日本の看護師養成所・大学への入学支援と資格取得後の就業斡旋を行っており、約60人のベトナム人が日本で看護師資格を取得し就労した。

 外国人看護師の在留資格はEPAに基づく「特定活動」と「医療」の二つだが、2010年以前は、「医療」は7年間という期限付きの研修に限られていたため、AHPネットワークスの支援を受けて日本で看護師となったベトナム人の多くはすでに帰国している。

 現在、注目されているのが中国人看護師を対象とした人材斡旋事業だ。いくつかの団体が中国の看護大学と提携して学生をリクルートし、来日から日本語学校への進学、資格取得、就労へのサポートをしている。漢字圏という強みから中国人看護師の看護師国家試験合格率は75~95%とされ(※1)、法務省の在留資格統計「2018年12月『医療』」で滞在している中国人約1500人のうちの大半が看護師として就労していると推測される。

※1 林 琳:中国人看護師(候補者)の受け入れ現状-受入れの概要と日本語支援・日本語問題を中心に-奈良教育大学国文:研究と教育, 40, 60-45. 2017.

異文化適応と多文化共生社会を推進する時代へ

 ここでは、EPAにより来日した看護師と受け入れ機関となる病院の看護管理者双方の視点から医療現場の多文化共生を考えていきたい。

 EPAの制度では、日本の文化・習慣に関する研修があり、受け入れ施設の管理者も「EPAに基づく看護師の指導者ガイドブック」(2014年に国際厚生事業団が作成)などを参考に外国人看護師を受け入れる準備をする。しかし、現実は書面から想像するよりも多くのバリエーションがある。

 そのひとつが宗教観だ。

 インドネシア人の87%がイスラム教徒といわれるが、彼(女)らの多くは宗教は人生の中で最も価値あるものと考えている。しかし、日本人のイスラム教に関する理解は彼(女)らの想像を絶するほど低い。

 2015年にシリアで起きた日本人の拘束・殺害事件直後は「イスラム教」というだけで「あー、テロリストね」と言われ傷ついたという経験をもつインドネシア人看護師は少なくない。

 ムスリム女性が頭髪を覆うための「ヒジャーブ」(インドネシアでは「ジルバブ」)の就業中の着用を禁止する施設もあるが、それがイスラム教徒にとって耐え難い苦痛となっていることをどれだけの日本人が想像できるだろうか。もちろん、すべてのムスリム女性がヒジャーブを着用している訳ではないが……。

外国人看護師イメージ写真 dboystudio/shutterstock.com

 あるインドネシア人看護師は「ジルバブを着けないことは下着で歩くのと同じ」と語った。欧米ではヒジャーブの着用が女性の抑圧の象徴であるとして禁止され議論になっているが、日本の場合は外国人が職場で「特別視」されないために禁止していることが多い。「郷に入れば郷に従え」ということだ。

 管理者は「(ヒジャーブに付いている)ピンが落ちると患者に刺さって危険だから」「(ヒジャーブを被ると暑いので)ラマダン(断食)中に入浴介助をすると脱水になるから」と説明するが、ムスリムからは「マジックテープで止めている」「子どもの頃からもっと暑い環境でジルバブを身につけている」といった反論がある。

 男性ムスリムにとって重要とされる「金曜礼拝」に参加できないため帰国した、イスラム教徒なのに勤務時間に(患者を対象とした)病院のクリスマスパーティに参加することを求められて困った、というケースもある。彼(女)らにはクリスチャンでない日本人がクリスマスパーティを主催することが理解し難い。彼(女)らはこのような日本人の宗教観を徐々に受容していくものの、異教徒のイベントへの参加は大きな葛藤を生み仕事へのモチベーションにも影響を与えている。

・・・ログインして読む
(残り:約1500文字/本文:約4524文字)