平成政治を問い直す【1】「守旧保守」と「改革保守」の三十年抗争
2019年08月28日
55年体制の崩壊以降、日本政治の対立軸が不明瞭になり、政治の混迷がいわれて久しい。
冷戦期には東西対立という大きな枠組があり、日本政治もそれを国内化した「保革対立」が対立軸を構築してきた。しかし、冷戦終焉にともない「革新」は衰退し、「保革対立」も相対化されていった。「政権交代可能な二大政党」を目的化した過去30年間の試みは失敗し、「安倍一強」と野党分裂の下、日本政治の構図は今なお漂流を続けている。
この連載の目的は、1990年代以降の日本政治を広義の保守の内部分岐、すなわち「守旧保守」と「改革保守」との抗争として描きだし、現代日本政治を捉える枠組(フレームワーク)を提示することである。
日本政治における広義の「保守」とは、さしあたり資本主義体制と日米安保条約を堅持する立場といえよう。とすれば、冷戦崩壊後の社会党の方針転換をへて、日本政治の主要勢力はほぼすべてこの二つを受容しており、1990年代以降の日本政治では「われわれすべて保守である」という状況が生まれた。日米安保条約破棄と資本主義打破を建前とする共産党でさえ、前者の実現は「国民的合意をへて」、後者は期限の定めのない「人類史的課題」と位置づけており、旧来のイデオロギー対立の基軸が大きく「保守」に動いたことは疑いない。
しかし「保守政治の全面化」は、水ぶくれした「保守」の内部分岐、すなわち「守旧保守」と「改革保守」への二分化を招き、これが1990年代以降の日本政治の対立軸を形成してきた。「守旧保守」と「改革保守」との抗争は、日本における広義の保守政治が、コンセンサス型意思決定によって利益配分を担った「古い保守」から、ポスト工業化社会への対応を迫られるなかで「新しい保守」へと自己脱皮していく過程であったといえる。
本論に先立ち、55年体制下の日本政治における「保守」と「革新」の対立軸をおさらいしておきたい。
「保革対立」の内実は、第一に、資本家と労働者との階級的利害をめぐる対立であった。自民党と社会党は社会福祉や労働者のストライキ権をめぐり対峙し、日本政治に持続的な対立軸を提供してきた。
「保革対立」の第二の基軸は、憲法9条か自衛隊と日米安保条約かといった安全保障をめぐる争点であり、これが両者を分かつ基準となってきた。「保守」はアメリカとの軍事同盟によって日本の安全保障を確保しようとしたが、「革新」は自衛隊の違憲と非武装中立を掲げたため、社会党は「憲法9条を擁護する平和の党として」(小熊英二)認知されていく。
「保革対立」はまた、双方が独自の支持基盤を持ったという点で市民社会に根を張ったものであった。K.カルダーは、55年体制下での自民党政権の安定を「利益配分政治(distributive politics)」によって特徴づけ、それは大企業、地方農村そして中小企業という三本柱に依拠したという。すなわち、自民党は市場経済の擁護者として大企業からの支持を独占するとともに、経済成長に伴う潤沢な税収を地方農村に配分して「利益と票の交換」を成立させた。また1960年代以降は零細自営業や中小企業も自民党の支持基盤に包摂され、「自民党の万年与党体制を支える三本柱の最後の一本」(F.ローゼンブルース&M.ティース)となる。
他方、社会党が支持基盤としたのは、第一に総評を中心とする労働組合であり、とりわけ官公労の労働組合は社会党の強い支持母体となった。第二に、サラリーマンや知的専門職といった都市部のホワイトカラーであり、1970年代以降、これらの有権者層の一部が「革新」の支持層になったと推測される。社会党の応援団は第三に学者や知識人であり、論壇において「戦後民主主義」のヘゲモニーを構築した左派文化人の発言は一定の権威を帯びて社会党を支えてきた。
もちろん、55年体制下においても国会内のいわゆる「国対政治」では自社両党のなれあいや相互依存も見られた。しかし、冷戦構造下における「保革対立」が日本政治に安定的な対立軸をもたらしていたことは事実であろう。
冷戦終焉はそのまま「左右対立」の終焉を意味したわけでなかった。1990年代中葉のヨーロッパでは社民政権が再興を迎え、「左翼」は一定の復権を迎えたといってよい。
他方、冷戦終焉後の日本政治は「左右対立」をことごとく放棄し、それが実質的に意味したものは「左/革新」の一方的消滅であった。市野川容孝は、1990年代以降、社会党、民主社会党、社会民主連合など党名に「社会」を含んだ政党が激減したことに注意を促している(注1)。その最たる例が社会党であり、石川真澄が指摘するように、「社会主義の終焉は単純に『日本社会党』の終焉」をもたらし、日本政治の「最大の『対立軸』と思われてきたものも、それを担った二大政党の一方の消滅によって簡単に消えていった」(注2)。
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