田中均が示す日韓泥沼化の打開策
2019年08月27日
8月23日、韓国は軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を日本側に通告した。
その日、私はソウルで日韓フォーラム(1993年に設立された日韓有識者の賢人会合)に参加しながら、どうしてここまで日韓関係は悪化してしまったのか、思いを巡らせていた。
安倍政権と文在寅政権の相互不信による一過性なものなのか、両国の政権が変われば元へ戻るのか。それとも、日韓の構造的問題が抜き差しならぬところまできて、もはや後戻りできないということか。
重大な危機を迎えた。日韓関係だけにとどまらず、日本の在り方やこの地域の平和と安定にとって大きな転機となるのかもしれない。
まず根底にある意識の問題だ。
韓国側にあるのは「日本にねじ伏せられるわけにはいかない」という原理主義的な強い思いだ。
韓国人がDNAとして持っているといわれる「恨(ハン)」の意識は、何百年にわたり明や清、日本など異民族に圧迫を受け日本には植民地支配をされた、そして植民被支配から脱したのも日本が太平洋戦争に敗戦したからで、自分たちの力ではなかったという歴史から生まれた恨み、つらみ、悲しみ、怒りだ。
本来この「恨」は中国にも向いてよいわけだが、中国は直接統治をせず、文化的にも優位にあるとみられ、韓国は貢いできた。
そこで「恨」は文化的劣位にあるわけではないのにさんざん痛めつけられ直接統治をされた日本に向く。とりわけ日本は清の支配をはねのけロシアの介入を封じ、長いプロセスを得て着々と朝鮮支配に至ったことから、今日でも日本に対する猜疑心は信じられないほど強い。
日本が輸出管理上の規制を強め、韓国を「ホワイト国」から外した時、文在寅政権は「日本は本気で韓国潰しに来た」と感じ、最早理屈を超えて対抗措置をうたなければならないという思いに駆られたのだろう。
GSOMIAは北朝鮮の脅威に抗するために日米韓の情報の流通をよくする目的であり、むしろ韓国の利益に適うわけで、何故自国の利益を損なう行動に出るのか、という疑問がだれの頭にも浮かぶ。
しかし韓国からすれば韓国の「本気度」を示すうえでは手段を選ばずという面があるのだろう。
日本にある意識の問題も深刻だ。
政府は否定するが、輸出管理の厳格化は韓国の理不尽な行動への対抗措置とみられたことは否定しえない。どの部局がこの決定を先導したかは承知しないが、その背景にあったのはおそらく「韓国になめられてたまるか」という理屈を超えた憤りだ。
私も1980年代に米国との経済摩擦の最前線にいた時経験したことだが、当時の通産省の血気盛んな若い官僚たちは「日本が技術的に優位にある、米国何するものぞ」といった一種のナショナリズムに燃えていた。
そのような日韓のきわめて強い意識は潜在的にどの時代にもあったはずだ。
しかし今日、そのような意識を後押しする国内の力は強く、問題はお互いをこん棒で殴り合うのを止めに入る力がないことだ。
韓国の文在寅政権の支持者は86世代といわれ進歩主義的傾向が強い。60年代に生まれ80年代に大学生であった世代で、今や40代から50代の壮年世代であり文在寅大統領支持者の中核だ。
これらの世代は古い世代と異なり、自分たちの力で民主主義を勝ち取ったという意識が強く、国内の保革対立はすさまじい。トランプ大統領はオバマ前大統領の成果をことごとく否定するが、文政権は前任の朴政権を目の敵にする。青瓦台で文在寅大統領の周りにいるのはこの人たちで、原理主義的な頑なさを持ち、おそらく外務省的な協調主義の入る余地はほとんどないのだろう。
外務省の人事にも青瓦台の影響力は強い。
日本も似通った面がある。圧倒的に強い安倍官邸の前に外務省的アプローチが入る余地があるのか疑問に思う。
融和主義ということを言っている訳ではない。日韓二国間関係の悪化が地域に、対米関係に、そして地政学的要因からどのような意味合いを持つのか、時空を広げ、多角的包括的に戦略的判断を行うプロフェッショナルなアプローチが垣間見えないことを言っているのだ。
韓国の友人が議論の中で、「韓国は信頼を失ったが、日本は礼儀や建前を失った」と漏らした。
私も韓国が信頼を失ったのは、民主主義的なルールや国際社会のルールからかけ離れた行動を続けてきた結果、最早重要なパートナーたり得ないという認識が日本で深まってしまったからだと思う。
一方「日本が礼儀や建前を失った」というのは、これまで日本は民主主義的規範や国際的規範に忠実に行動してきたが、今やそれをかなぐり捨てて、本音むき出しで行動していると見られているのではないか。
相手によっては外交的礼譲に外れた行動も辞さない。そして自由貿易は日本が最も大事にしてきた概念であるが、それをトランプ的に政治安全保障の理由で阻害することを厭わない、ということを言っているのだろうか。
日韓がどんどん対立の悪循環を繰り返すことを厭わない勢力はいるのだろう。
日韓双方の国内に強い反日感情や強い反韓感情に乗って政治的優位を固めようとするポピュリズム勢力がいる。韓国では来年4月は議会選挙だし、日本でも衆議院選挙は次の課題となっている。
しかし外を見ると、北朝鮮は日韓の離反を自己に有利な事象とみるだろう。中国やロシアも日米韓の連携が形ばかりのものになることに不満を抱くはずがない。しかしそれが日韓双方の国益に資するとは到底考えられない。
10月22日は国外からも首脳が参列する天皇即位の礼が予定される。韓国政府はGSOMIAの破棄を日本政府に通告したが、正式に終了するのは通告から三か月後の11月23日だ。
これからの2~3か月は、悪循環を断ち切り、日韓関係を再構築する重要な期間と考えるべきではないか。この期間に新しいモメンタムを作らないとおそらく「信頼を喪失した韓国と礼儀を失った日本」は双方とも国際社会で孤立するだけではなく、不測の事態を招くリスクを高めることになってしまうのではないか。
まず重要なのは徴用工問題だ。
私はいくつかの原則を確認することが重要と思う。
第一に、大法院の独立は侵せない。
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