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ポピュリズムやパリテに抱く「リベラル」派の幻想

井上達夫インタビュー(上)/「リベラル」な人々へ

石川智也 朝日新聞記者


拡大英国のボリス・ジョンソン首相
拡大米国のトランプ大統領

「高学歴層と労働者階級の対立」が根本にある

 ――リベラル側が英国の国民投票結果にショックを受け、「ポピュリズム」を大衆迎合主義と誤訳して批判的レッテル貼りをするとき、その社会の底流で起きているものを過小評価しているのではないでしょうか。フランスのジレ・ジョーヌ運動もそうですが、反EUとして噴出している民意はグローバル化への下からの抵抗であり、国家という防波堤機能の再興やネイションへの再帰を望む動きとも取れます。それは、二大政党の政治エリートがすくい取れなかった中間層の不安を刺激し「米国ファースト」を掲げて当選したトランプ現象とも通底しているように思えます。

 ブレグジットであらわれた根本的問題は、英国全体にとってのEU残留の利益とコストの比較が正確になされたのかどうかということではなく、残留の利益をより多く受ける高学歴・ホワイトカラー層と、移民労働者の増加によって雇用不安や低賃金圧力にさらされ残留のコストをより多く負担させられると感じた労働者階級との間の対立にあります。

 この新たな階級闘争的な要素を軽視し、ブレグジットを危険なポピュリズムと批判するメディアや知識人は、欧州統合の維持推進を「進歩的」とみなし、これに逆行する動きを「反動的」と捉えるドグマにとらわれている。

 自分たちが「正しい選択」と考える残留派勝利という結果になっていたら、この国民投票を英国民の英断と称賛していたでしょう。でも離脱派が勝ったから、「議会政治を混乱させる危険なポピュリズム」と非難されるべきものになった。こうしたダブルスタンダードが英国の残留派だけでなく日本のエリートたちにも跋扈するのは、彼らがEUという超国家的な地域的統合体の正負両面を冷静に検討しようとしていないからです。

 ――日本の新聞の社説なども、ブレグジットは過去の国家像に引きずられた単独行動主義だといった批判的見解が目立ちます。国際協調とグローバル化の問題を混同したうえに、自由貿易と保護主義を真っ二つに線引きできるかのような情緒的な報道も多い。

 日本では、ジョンソン首相の下で「合意なき離脱」が現実味を帯びていると報道されていますね。「合意なき離脱」という言葉は、まるで離脱後の英国とEUとの法的関係について合意がないまま離脱するかのような誤解を生み、それがまた、こんな破壊的帰結をもたらすのが国民投票の危険性なのだ、と誤解される理由にもなっています。

 「合意なき離脱」はNo-Deal Brexitの訳ですが、誤訳です。No-Dealとは、柔軟離脱の条件をめぐる協定について英国とEUが歩み寄れるDeal(取引)が成立しないことを意味するだけ。単に「取引なき離脱」と訳すべきです。「取引なき離脱」の法的帰結は明白です。

 離脱後から来年末までの移行期間がなくなり、英国とEU加盟諸国との法的関係は、離脱後直ちに、EU基本条約とそれに基づくEU法規制以外の、英国が締結している諸条約・諸協定と一般国際法によって規律されます。例えば、通商関係はWTOのルールによって規律されます。EU体制の一部である欧州司法裁判所の管轄から英国は外れますが、別枠のヨーロッパ人権規約に基づく欧州人権裁判所の管轄には服します。こういうことについては、英国とEUの間にも、自明の法論理的帰結として当然「合意」があります。

 「合意」がないと言えるのは経済的帰結についてです。ただこれは、独仏といったEU主要構成国と英国の間だけでなく、それぞれの内部でも反EU派が存在し激しい対立があるのだから、ある意味で当たり前です。

 日本のメディアは、英国に拠点を置いていたホンダなど外国企業の一部が撤退の方針を示していることを「英国経済の大惨事」であるかのように伝えていますが、これは当初から想定されていたことです。離脱によって短期的には経済的損失が生じ得ることは、強硬離脱派も否定していません。

 では中長期的にはどうなのか。急激な強硬離脱、段階的な離脱への移行、そして残留のいずれが英国の経済的競争力の再生強化にとって最善なのか。これについては深刻な対立があり、繰り返しているように、議会政治の意思決定プロセスでは解決できなかったからこそ、2016年に国民投票が行われたのです。

 離脱の短期的経済帰結も「想定内」以上に悪化することがあり得るとすれば、原因は、離脱の道筋を明確化する協定内容をいつまでも決められない議会の政治的無能性にあります。企業にとっては、予見可能性が低いということじたい、合理的経済活動にとってリスク。英国議会の優柔不断が、英国経済の政治的リスクを高めているのです。

 こうして見てくると、国民投票を、議会民主政を破壊する反知性的ポピュリズムと非難するのは、事実無根であるだけでなく、我々がいま目撃している明白な事実に反していることがわかります。議会民主政の破綻が国民投票を求めさせた事実を、国民投票が議会民主政を破綻させたと曲解する人々は、因果関係を逆立ちさせるイデオロギー的「逆さ眼鏡」で世界を見ている。

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筆者

石川智也

石川智也(いしかわ・ともや) 朝日新聞記者

1998年、朝日新聞社入社。社会部でメディアや教育、原発など担当した後、特別報道部などを経て2021年4月からオピニオン編集部記者、論座編集部員。慶応義塾大学SFC研究所上席所員、明治大学感染症情報分析センターIDIA客員研究員を経る。著書に『さよなら朝日』(柏書房)、共著に『それでも日本人は原発を選んだ』(朝日新聞出版)、『住民投票の総て』(「国民投票/住民投票」情報室)等。ツイッターは@Ishikawa_Tomoya

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