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韓国に対する輸出規制の論理は破綻している

金恵京 日本大学危機管理学部准教授(国際法)

韓国のチョン・チャンス産業通商資源部貿易安保課長(手前右)への説明に臨む経済産業省の岩松潤・貿易経済協力局貿易管理部貿易管理課長(手前左)=12日午後1時58分、東京・霞が関の経産省(代表撮影)韓国に対する輸出規制によって、日韓関係はさらに泥沼化した。日韓担当者会合でチョン・チャンス産業通商資源部貿易安保課長(手前右)への説明に臨む経済産業省の岩松潤・貿易経済協力局貿易管理部貿易管理課長(手前左)=2019年8月12日、経産省(代表撮影)

GSOMIA破棄の根源とは

 8月22日に韓国が日本へGSOMIA(軍事情報包括保護協定)の延長を行わないことを発表し、日本では政府関係者、評論家などから非難が湧き上がった。安倍首相も翌23日に「日韓請求権協定に違反するなど、国と国との信頼関係を損なう対応が残念ながら続いている。韓国側が続けているわけであります」として韓国の姿勢を批判した。

 確かに、その一時の対応を表面的に見ると、日韓米の同盟関係のバランスを崩す行為に映り、批判的に捉えられることは容易に想像できる。日本のメディアの情報のみに触れていれば、韓国が主導する単なる対立構造と捉えやすくなるのも無理のないところである。しかし、前稿(「徴用工判決をあらためて複眼的に捉える」)で扱った徴用工判決を出発点として事態を捉えた上で、全体像を評価する必要があろう。

 そして、前稿でお伝えしたように、筆者の立場は「対話の重視」であるため、GSOMIA破棄以外の他の方法も選択できたのではないかと考えてはいるが、単純に「韓国の行動は理解できない」として匙(さじ)を投げるような言説には与しない。事態を時系列で考えると、そうした枠組みで議論を進めることに無理があるためである。

 そこで、どの時点でボタンを掛け違い、その歪みが何故拡大していったのかという点を明らかにした上で、状況を検討しなければならない。特に、注目するのは輸出規制問題に絡んだ日本の対応である。結論を先取りしてしまえば、論理が破綻しているのに、それを押し通そうとすることから、日韓の摩擦が大きくなった状況がある。その経緯を省略してしまうと、韓国側が感じた「怒り」「戸惑い」といった感覚は分からない。本稿は事態を複眼的に捉え、前進させる一助となることを目指したものであり、その上で読み進めていただければ幸いである。

輸出規制とその矛盾――韓国が北朝鮮に兵器の素材を横流しする理由はない

南北軍事境界線近くで勤務する韓国軍兵士=2015年12月、東亜日報提供南北軍事境界線近くで任務につく韓国軍兵士=2015年、東亜日報提供

 経済産業省は7月1日に「日韓間の信頼関係が著しく損なわれた」として、韓国への輸出規制を発表した。具体的に何によって信頼関係が損なわれたのかは不明瞭ながら、実際の経済に与える負の効果は大きいものであった。フッ化水素などの品目に対する規制は経済制裁的な文脈で本年初頭から自民党内で語られていたこともあって、韓国はもちろん、国際的にも、これが徴用工訴訟判決に対する意趣返しであることに疑いはなかった。

 そして、日本のメディアにおいても、多くが韓国との歴史問題に関わる対立が原因であることは指摘していた。しかし、輸出規制の発表直前に行われたG20大阪サミットにおいて「自由、公正、無差別。開かれた市場、公平な競争条件。こうした自由貿易の基本的原則を、今回のG20では、明確に確認することができました」と議長国として宣言した日本にとって、報復的な行動を選択することは齟齬(そご)を生じさせてしまい、国際的な非難も浴びる可能性があった。そこで、「信頼関係を失わせた」とされる内容についての迷走が始まることとなったのである。

 初期段階で挙げられたのが、フッ化水素等の一部資材が北朝鮮に流れ、サリン等の化学兵器の原料になっているとの言説であった。これはNHKをはじめとするテレビ番組でも取り上げられ、7月7日に安倍首相がフジテレビの討論番組の中で当該事項について問われた際に「個別のことは差し控える」とし、火消しを図らなかったことで、信頼性を増すこととなった。しかし、これは韓国にしてみれば、荒唐無稽な話であり、経済制裁的に韓国へ圧力を加える根拠となり得るものではない。

 北朝鮮が化学兵器を作成した場合、その使用対象になる可能性がある国はどこであろうか。

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