メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

保坂展人×若松英輔「いのちの政治学」

原発、いじめ、街並み、認知症……すべてを「いのち」の視点から見る

保坂展人 東京都世田谷区長 ジャーナリスト

都市も、人も、よみがえっていける

 若松 もう一つ、『〈暮らしやすさ〉の都市戦略』の中で印象的だったのが、ポートランドの中心市街地の「再生」について書かれたくだりです。かつて産業の中心だった重工業が衰退し、ゴーストタウンのようになっていたエリアが、建物のリノベーションや公園・交通機関の整備などの取り組みの末に、見事に「再生」していった。むしろ「新生」というべきかもしれません。

 今、日本の都市もさまざまな問題に直面していますが、どんなに荒廃した場所でもよみがえっていける、単なる「改善」ではなくて「新生」できる、という指摘はとても新鮮でした。

拡大保坂展人さん=2019年8月22日、東京・九段下
 保坂 たとえば東京の街並みも、高いビルが無秩序に密集していて、ごちゃごちゃして美しくないとよく言われますが、多くの人は、それをいまさら変えるなんてことはできないと思いがちです。でも、人がつくったものは、やっぱり人によって変えることができるものだと思うんですよ。

 都市だけではありません。学校や企業や役所などについても、私たちは既存の組織が硬直化してうまく機能しなくなっていると思いながらも、どこかでそれは変えられないと思っているのではないでしょうか。

 でも、たとえば世田谷区では今年、不登校になった子どもたちなどを受け入れる公設民営のフリースクールをスタートさせました。まだ開設から半年ほどですが、すでに「通いはじめて、うちの子どもが見違えるように変わりました」と何度も声をかけてもらっています。変えようとすれば、変えることは可能なのです。

 特に1990年代以降、この国でずっと続いてきたのは「欲望の解放」だったと思います。弱いところからできるだけ搾り取って儲けるために、人は使い捨て、持続可能性や他人に対する思いやりなんてことは考えず、ただこの瞬間だけがよければいいという風潮が広がり続けてきた。その結果として、日本社会はここまで落ちてきてしまったんだと思うのです。

 それに対して危機感を抱きながらも、もう無理なのかなという絶望を感じている人も少なくないでしょう。しかし、行政の立場になってみて、ほんの少し何か仕組みを変えるだけでも、人の毎日は大きく変わってくるんだということを実感しています。

 若松 外見上は、「ほんの少し」のことなんですよね。ただ、それはおそらく、ただ体だけ、心だけではない「いのち」の次元にふれる本質的な変化だからこそ、何かを大きく動かすことができた、ということだと思うのです。

 保坂 今、世田谷で取り組もうとしている「変化」として、認知症についての条例づくりがあります。世田谷区民90万人の中には、認知症の方が2万3000人いると判定されているんです。

 認知症というのは、至近の記憶はすぐ飛んでしまうけれど、中長期的な記憶は非常にしっかりしていて、会話もちゃんと成り立つという人も多い。その人が病気になるまでに築いてきた生き方や人格、それに基づくプライドややさしさといったものは、当然ながら変わらず存在しているわけです。

 それなのに、かつて「痴呆症」といわれたことからも分かるように、「何を言ってもどうせ分からないから」というような、差別的な扱いを受ける患者さんも少なくなかった。そこをきっちり、行政の名において切り替える人権宣言のような条例をつくりたいと考えているんです。実際に家族を介護してきた人、訪問介護の仕事をしている人、そして認知症の当事者など、さまざまな立場の人が集まって話し合っているところです。

 認知症などの病気だけではなく、たとえば不登校や引きこもりといった苦しみもまた、紛れもなく人の生きざまの一部です。けれどこれまでの社会は、そういう「見たくない部分」を、まるでホッチキスで封印し「なかったこと」にしてきたようなところがあったのではないでしょうか。

 認知症になったら人生は終わり、引きこもりの人はきっと何か事件を起こすに違いない……そんなふうに決めつけて排除していく社会が、多くの人の生きづらさをつくり出している。先ほどの言葉でいうならば、どうやって人の再生の回路、よみがえりの回路をつくっていくかというのが、今後一番力を入れていきたい部分ですね。

 若松 一度社会生活のレールを外れてしまったら、もうよみがえることはできない。むしろ、社会の負担にすらなる、という考え方が、これまで私たちの社会を覆ってきました。

 それを「仕方ないことだ」と考える世界観と、「変えることできる」また、どんな状態であれ、誰かを社会から押しだすようなことはあってはならない、という世界観には、絶対的な隔たりがあります。

 保坂さんのお話からは、人間は変わっていける、よみがえっていけると、いう世界観を強く感じるのですが、それはいじめに苦しむ子どもたちなど、「弱い」「生きづらい」人たちとずっと接してこられた経験があるからなのではないかと感じました。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

保坂展人

保坂展人(ほさか・のぶと) 東京都世田谷区長 ジャーナリスト

宮城県仙台市生まれ。教育問題などを中心にジャーナリストとして活躍し、1996年から2009年まで(2003年から2005年を除く)衆議院議員を3期11年務める。2009年10月から2010年3月まで総務省顧問。2011年4月より世田谷区長(現在3期目)。 著書:「相模原事件とヘイトクライム」(岩波ブックレット)、「脱原発区長はなぜ得票率67%で再選されたのか?」(ロッキング・オン)、「88万人のコミュニティデザイン 希望の地図の描き方」(ほんの木) 近著に「〈暮らしやすさ〉の都市戦略 ポートランドと世田谷をつなぐ」(岩波書店2018年8月)、「子どもの学び大革命」(ほんの木2018年9月)他

保坂展人の記事

もっと見る