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アメリカのオケが法律家の僕に教えてくれた事・下

アメリカが持っていた多様性を体現しようとするLAフィルの取り組みが持つ普遍性

倉持麟太郎 弁護士

拡大常任指揮者ドゥダメルの垂れ幕がかかるLAフィルの本拠地のウォルトディズニーコンサートホールの外観=2019年5月、筆者撮影

 「コカコーラ国のオケが法律家の僕に教えてくれた事・上」で紹介したロサンゼルス・フィルハーモニック(LAフィル)のCEO・Simon Woods(サイモン・ウッズ)氏と演奏会のプログラミング担当COOであるChad Smith(チャド・スミス)氏へのインタビューで、筆者の心に最も残ったのは、「音楽の力という言葉は普遍的すぎて、もはや力を持たなくなっただろう」という言葉だった。

 「音楽は偉大です」「音楽の力は人を動かす」といった、普遍的ではあるが漠然とした言葉では、都市や市民への「説明責任」を果たさないし、投資家の財布のヒモは緩められない。この“事実”は、そのまま我々の市民社会、とりわけ政治的文脈にも応用できると同時に、現代日本社会の抱える病、とりわけリベラルの病を言い当てている。

“綺麗な”ワードは人々の心を震わせない

 「まっとうな政治」「民主主義の力」「憲法を活かす社会」。これらはみな、耳にして「ごもっとも」なるワードであり、否定する人はおよそ存在しないだろう。しかし、こうした当たり前に“尊く”て“綺麗な”ワードは、それゆえ、もはや人々の目には見えない空気のようになってしまい、人々の心を震わせない。

 このような力なき理念的言説に、文字通り隕石(いんせき)のように衝突し“ぶっ壊し”てきたのが、たとえば先般の参院選で議席を獲得したN国党(NHKから国民を守る党)の「NHKをぶっ壊す」という、あまりに分かりやすいフレーズである。

 しかし、これではダメなのである。「まっとうな政治」への無関心と「NHKをぶっ壊す」への偏狭な支持は表裏の現象であり、どちらも真に政治の「外」にいる人々にはリーチしない。広がらない。

 「まっとうな政治」を実現するためにはどのようにすればよいのか。より具体的に政策やビジョンを示し、民主主義や立憲主義のステークホルダーの食指を動かさせねばならない。その努力を、現代日本社会の政治に関わるプレーヤーは明らかに怠っている。

 政治に関わるプレーヤーとは、本稿の趣旨によれば、もちろん政治家だけではない。オーケストラをはじめとしたすべての社会的公器から一個人までが、民主主義や立憲主義におけるプレーヤーである。

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筆者

倉持麟太郎

倉持麟太郎(くらもち・りんたろう) 弁護士

1983年、東京生まれ。慶応義塾大学法学部卒業、中央大学法科大学院修了。2012年弁護士登録(第二東京弁護士会)。弁護士法人Next代表弁護士・東京圏雇用労働相談センター(TECC)相談員として、ベンチャー支援、一般企業法務、「働き方」等について専門的に取り扱うも、東京MX「モーニングクロス」レギュラーコメンテーター、衆議院平和安全法制特別委員会公聴会で参考人として意見陳述(2015年)等、企業法務実務の傍ら、憲法理論の実務的実践や政策形成過程への法律実務家の積極的関与について研究。共著に『2015年安保~国会の内と外で~』(岩波書店、2015)、『時代の正体2』(現代思潮新社、2016)。

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