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アメリカのオケが法律家の僕に教えてくれた事・下

アメリカが持っていた多様性を体現しようとするLAフィルの取り組みが持つ普遍性

倉持麟太郎 弁護士(弁護士法人Next代表)

「表現の不自由展」中止が抱える問題

拡大あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」中止問題を受け、記者会見に臨む芸術監督の津田大介氏=2019年9月2日、東京都千代田区の日本外国特派員協会
 先日、あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」が、テロ予告などの妨害行為を受けて中止された。この事件は、非常に複雑な要素が絡まり合っている。日本国憲法の条文や今までの裁判例をあてはめていくと、以下に考えられるのではないか。

 まず、絶対に押さえなければならないのは、言論・表現に対する脅迫などの実力行使は断じて許されるものではないということである。

 国家権力は憲法尊重擁護義務を負って(憲法99条)おり、我々の表現の自由(憲法21条)を尊重擁護しなければならない。表現の内容に着目して助成のあり方を問う官房長官の発言や、税金で行われているから展示を中止せよなどという名古屋市長の発言は、「特定の表現」を思想の自由市場から退出させたり援助したりする行為で、許されるものではない(”government speech”「政府言論」)。「金を出してるから表現内容にも口を出す」という関係を断絶させるのが、表現の自由という権利である。

 同様に、表現者の表現に対して敵対的(攻撃的)な聴衆が現れた場合、敵対的聴衆による害悪の告知の責任を取るのは表現者ではない。国家が警察権力などを駆使し、表現者の表現の自由を尊重擁護するのが筋である(敵対的聴衆の法理)。

 そこで、なにより大切なのが当該展示を遂行した主催者及び表現者のふるまいである。

 我々は、表現の自由という権利が、表現者たちがこれまで芸術的表現のために命をかけた「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」であり、「過去幾多の試練を堪へ」たものであること(憲法97条)に思いをいたしつつ、先人が死守してきた自由と権利のラインを後退させないよう「国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」(憲法12条)はずである。今回の展示会の開催の決する立場にあった人々は、展示会を物理的に開催するかどうかを越え、自分たちがこの国の表現の自由の譲れない一線を決する立場にあったということを、自覚していなければならなかった。

表現の自由は“ヒリヒリした”権利

 民主主義社会において表現の自由とは、権力や他者との先鋭的な対立を生む「力」や「攻撃性」を内在する “ヒリヒリした”権利である。判例を引くまでもなく、本件のような権力及び社会の反応は、表現の自由の行使の結果といて、予想されたはずである。その点で、出展していた表現者たちの主催者の中止決定への抗議は、むしろロジカルである。

 脅迫のたぐいは確かに度をこしていたとはいえ、主催者は税金や助成を介した権力者の間接的な表現の自由への介入に毅然(きぜん)と抗議し、脅迫行為への警察権力の出動を強く要請すべきであった。これをしないまま、その何歩も手前で自主的に展示会を中止してしまったことは、「過去幾多の試練に堪へ」てきた自由と権利のラインを、自主的に後退させてしまったことを意味する。

 はっきりいって、私は今回の慰安婦像などの芸術的価値を高いとは思っていない。しかし、そもそも芸術的表現の保障それ自体は、芸術的価値とは無関係に厚く保障されねばならないし、主催者はまさにこの展示会という社会的公器を媒介に、”Social Impact”を与えることを意図していたのではあるまいか。その意味で、表現自体を自主規制したこと、純粋な芸術表現を越えたSocial Impactを企図した企画を頓挫させたことは、二重の意味で我が国における芸術の新たな展開の萌芽(ほうが)を摘んでしまったのではないか。

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筆者

倉持麟太郎

倉持麟太郎(くらもち・りんたろう) 弁護士(弁護士法人Next代表)

1983年東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、中央大学法科大学院修了。2012年弁護士登録(第二東京弁護士会)。日本弁護士連合会憲法問題対策本部幹事、弁護士法人Next代表弁護士。ベンチャー支援、一般企業法務、「働き方」などについて専門的に取り扱う一方で、TOKYO MXテレビ「モーニングCROSS」レギュラーコメンテーター、衆議院平和安全法制特別委員会公聴会で参考人として意見陳述、World Forum for Democracyにスピーカー参加、米国務省International Visitor Leadership Programに招聘、朝日新聞『論座』レギュラー執筆者、慶應義塾大学法科大学院非常勤講師(憲法)など多方面で活動。共著に『2015年安保 国会の内と外で』(岩波書店)、『時代の正体 Vol.2』(現代思潮新社)、『ゴー宣〈憲法〉道場』(毎日新聞出版)、著書に『リベラルの敵はリベラルにあり』(ちくま新書)がある。

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