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ナショナリズムと向き合う 取材の旅を終えて

【21】ナショナリズム 日本とは何か/最終回

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

「上皇の問題提起がスルーされた」と姜さん

 姜さんと東京都心の喫茶店で会ったのは、夏まっさかりの頃だった。令和になって天皇と国民が「合わせ鏡」である日本をどうご覧になっていますか、と問うと、「空虚ですね。上皇(となった平成の)天皇の問題提起がスルーされた感じです」と語った。

 浮かない感じで、姜さんは続けた。

拡大取材に応じる姜尚中・東大名誉教授=7月、東京都内。藤田撮影
 「上皇天皇は、明治以降作られてきた近代国家における(終身の)天皇制とは全く違う断絶を、生前退位という形で示しました。戦後憲法で象徴天皇の活動が儀礼的な国事行為に限られたことからすると、被災地を慰問したり戦没者の慰霊の旅をしたりというのは二次的なものではないかということで、生前退位には批判もありました」

 「ただ、戦後の日本国民統合の象徴としての天皇とは、存在するだけでは象徴たりえず、絶えず行動を国民に示しながら象徴を作り出さないといけない。それを身も心もぼろぼろになるまでやってきたけれど、主権者である国民はどう思いますかという問題提起が生前退位でした。しかし、それが受け止められたように思えません」

 「生前退位が通過儀礼のようになってしまった。悪い言い方かもしれないが、国民の側では『はやり』のようにこの改元の機会を利用し何かをして、気がつけば何事もなかったかのようだ。平成が一挙に過去になってしまったような感覚で、上皇天皇から投げられたボールをどう受け止めるかがなかなか出てこない。歯がゆい気もしますね」

平成の天皇陛下の執念

 令和の天皇陛下(59)の「即位の礼」は10月22日におこなわれる。姜さんの言う「空虚」には、「世替わりへの幕間」ゆえの面もあるだろう。それでも、その言葉に共感するのは、今を「空虚」に思えてしまうほど、平成の天皇陛下が生前退位に込めたすさまじい執念があったからだ。

拡大2016年5月、熊本県南阿蘇村の避難所を訪れ、地震の被災者に声をかける天皇陛下(現上皇陛下)=代表撮影
 露(あら)わにされたわけではない。しかし、私はナショナリズムをたどる今回の旅で考えてきた「日本とは何か」と表裏一体のものとして、平成の天皇陛下のそんな執念を、穏やかな言動の中にありありと感じるようになった。

 平成の天皇陛下の生前退位は、自らが築いた「全身全霊」を尽くす象徴天皇制を維持するためのものだという突き放した見方もできる。だが、「象徴の務め」ゆえに敬われた陛下は、高齢になって「象徴の務め」のペースを緩めたとしても、国民には理解されたはずだ。そこに甘んじず、なぜ生前退位だったのか。

 平成の天皇陛下は、いまわの際まで天皇であり続ける道を選んだ場合に行き着くことになる象徴天皇像に思いを致したのではないか。それが、「全身全霊」でご自身が追求してきた象徴天皇像とあまりにも異なるが故に、何としても避けたかったのではないか。

拡大2005年6月、サイパンを訪れ、戦争で日本人女性たちが飛び降りて自決した「バンザイ・クリフ」に向かって黙礼する天皇・皇后両陛下(当時)=代表撮影
 高齢ゆえに「象徴の務め」が果たせなくなっても天皇であり続けるなら、その在位を支えるものとして、天皇の生き様に対する国民の共感は次第に弱まり、結局のところ、天皇を「日本国と日本国民統合の象徴」と定めた戦後憲法に帰することになるだろう。

 しかし、天皇がなすべき儀礼的な国事行為が並ぶ戦後憲法だけでは、国民を象徴する具体像は結ばれない。それは、戦後憲法で天皇と「合わせ鏡」となった日本国民というまとまりが、欧米列強への対抗から生まれた近代国家・日本において国籍を持つ人々ではあるが、なおぼんやりとしていることと表裏の関係にある。

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筆者

藤田直央

藤田直央(ふじた・なおたか) 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

1972年生まれ。京都大学法学部卒。朝日新聞で主に政治部に所属。米ハーバード大学客員研究員、那覇総局員、外交・防衛担当キャップなどを経て2019年から現職。著書に北朝鮮問題での『エスカレーション』(岩波書店)、日独で取材した『ナショナリズムを陶冶する』(朝日新聞出版)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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