異文化マネージメントに失敗した日産の企業統治の限界
2019年09月11日
朝日新聞の9月5日朝刊に「日産社長ら報酬不正疑い」、6日朝刊には「西川氏、不正報酬認める」との記事が出た。記事によれば、西川広人社長は株価に連動する報酬を金銭で受け取れる権利「ストック・アプリシエーション・ライト(SAR)」の行使日を2013年5月14日から22日にずらし、約4700万円を上乗せして受け取った。この間、株価は1割ほど上がったという。
翌7日の朝日新聞朝刊では「日産、社債発行遅れも」との見出しで、日産が不正報酬受け取り問題で投資家の間に不安が広がりかねないとして、発行予定の社債について、金利などの発行条件の決定を延期したと報じた。
また10日の朝日新聞デジタルでは、西川社長が9日の取締役会での辞任要求を受け9月16日付で辞任すると発表したこと。ある検察幹部の話として、立件が困難と見られていることを掲載した。
本稿では、今後の日本企業の参考となることを期待して、西川社長の不正報酬が問題視された2013年度(2014年3月期まで)に焦点を当て、代表的な日本企業である日産がSARの扱いに苦慮していたこと、日産はどう対応するべきだったかについて述べる。
朝日新聞はSARを「業績連動型報酬の一種」と説明しているが、日産の2013年度の有価証券報告書は「株価連動型インセンティブ受領権(以後、受領権)」と呼び、「当社の持続的な利益ある成長に対する取締役の意欲を一層高めることを目的としており、会社のビジネスプランに直接連動した目標を達成することにより付与される」と説明している。
日産は株価連動型報酬として「ストック・オプション」も採用しているが、これは役員以外に対するものとなっている。
受領権については、「株価連動型インセンティブ受領権の金額は平成26年3月31日時点の株価を用いて算定した公正価額に基づき、当事業年度に計上した会計上の費用を記載している。この公正価額で、支払いが確定されたものではない。」と説明している。
2009年度については、報酬金額が1億円以上の各取締役の報酬額が掲載され、その後に「取締役の報酬については、取締役会議長が他の代表取締役と協議の上、各取締役の報酬について定めた契約、業績、企業報酬のコンサルタントによる役員報酬に関するベンチマークの結果を参考に決定する」との記述があるのみで、受領権の報酬額には触れていない。当該年度は、取締役会長がゴーン氏、代表取締役がゴーン氏と志賀俊之氏だった。
2010年度以降は、総報酬が1億円以上の取締役につき、金額報酬とは別に、受領権を当該年度末の株価で試算した額を掲載し、その合計額がわかるようになっている。しかし、金額報酬は当該年度の支払額、受領権の報酬額は当該年度末の株価としているため、単純な足し算としては微妙にずれがある。
この年度から、西川氏が代表取締役に昇格して合計3人となったが、同時に「取締役の報酬については、取締役会議長が、各取締役の報酬について定めた契約、業績、第三者による役員に関する報酬のベンチマーク結果を参考に、代表取締役と協議の上、決定する」という記載に変更されている。ゴーン氏の権限がここから一段と強まったことがうかがえる。
「ゴーン事件」時の西川社長の記者会見では、この年から彼を含めた取締役の報酬について、代表取締役3人が関与するようになったということだったが、むしろゴーン氏の権限は一段と強まって、形骸化していたことがうかがえる。
ちなみに、ゴーン事件や西川社長の不正報酬に登場するグレッグ・ケリー氏は、「平取」を経ずに2011年度に突如、代表取締役に就いている。だが、報酬合計額は1億円未満であった。
他紙には、報酬コンサルティング会社や法律事務所のデータとして、2017年度の日米欧のCEO報酬調査(大企業の中央値)の結果が出ているが、これによると、業績連動報酬の比率は日本が52%で、米国(90%)、英国(76%)だと記されている。
また、業績連動報酬のひとつである株式報酬を導入している企業のうち、報酬額を目標達成度合いによって変える仕組みが導入されているかどうかでは、日本と米国が4割、英国とフランスは9割の企業が導入しているという。
こうしたデータから浮かぶのは、日本企業が今なお、業績連動型報酬について慣れていない実態だ。
一つは、1999年に瀕死(ひんし)の状態だった日産にゴーン氏が来てから「リバイバルプラン」を発表するまでの過程で勉強したであろう、日産が失敗した理由である。これについては複数の本が上梓されているが、ゴーン氏にとって重要だったのは、資金使途の自由度が高かった「CEO機密費」の存在である。
社長が思うがままに振る舞えるという現実を知った彼は、どこかの時点でそれを自身でも悪用するに至ったのだろう。CEO機密費は、「常識の範囲内」という縛りはあるとしても、日本企業では一般的。それゆえ、日産の他の役職員も今回の問題発覚まで沈黙を守ったと推測できる。ただし、本稿ではこれには触れない。
もう一つは、2000年度決算で3311億円の純利益を達成した彼が、さらなる業績拡大に向けたアイデアの中で、SARの導入を考えたであろうことだ。2003年度から導入している事実がそれを物語るが、実はこれは創業者ではないCEOが、自分の貢献に対するインセンティブを得るためによく使う手である。ただし、後で触れるが、上場企業がこれを採用するのにはリスクが伴うのも周知の事実だ。
ゴーン氏は、SARに慣れていない財務・経理陣、それへの税制や会計制度も整備されていない日本の現状を見て、自らルールを作る結果になったと思われる。これは、先述した2008年度から2013年度までの有価証券報告書の記載事項から、裏付けられる。
業績目標達成型報酬が90%のフランス企業で働いてきたゴーン前会長にすれば、こうした報酬に慣れていない、またそれを規制するルールもない日本で、自分の思うままに行動をすることは、いともたやすかったであろう。もしかすると、今回の不正報酬の受け取りを認めた西川社長も、不正の意味がまったくわかっていなかったのかもしれない。
その意味で、ゴーン前会長に日産が振り回された真の理由は、グローバル企業としての基本をわきまえていなかった、あるいはフランス企業のコーポレート・ガバナンスとその一部である報酬の決め方がわかっていなかったことにあるのではないか。いかにゴーン氏が日産を私物化しようとしても、社内にグローバル企業の基本を知り、日産のために行動できる人物がいれば、今回の問題は避けられたはずだ。
SARの導入で長期的な成長がいっそう重要になる一方、企業経営の面では世界的に株主第一主義が徹底されていった。ROE(自己資本利益率)、EPS(一株当たり利益)などの経営指標はそれを象徴する。これらの指標は、いずれもより高い利益を良しとし、同じ利益ならより短い時間で達成できることを良しとする。
ちなみに、日産の株価はこの20年間でたった7%強の上昇であり、同業のトヨタが2倍弱、ホンダが24%の上昇であるのとは格差がある。リーマン・ショックがあったこの10年間に着目すると、日産株の上昇が1%未満なのに対して、トヨタは2倍強、ホンダは2倍弱である。
業績目標達成型のフランス企業の代表であるルノーの子会社となった日産の株価が、ゴーン前会長が着任した当時とあまり変わっていないのは、興味深い。ルノーが救済する前の1998年に300円程度しかなかった株価と比べれば、2倍になってはいるが……。
では、日産は具体的にどのような行動をするべきだったのか。グローバル化が進む他の日本企業の参考になるであろうこの点について、次に考えたい。
まず、単純な対処方法としては、
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください