メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

汚染水/処理水と原発事故裁判が示す不都合な現実

議論を呼ぶ海洋放出問題。問われない東電旧経営陣の責任。原発の現実を今一度直視せよ

米山隆一 衆議院議員・弁護士・医学博士

50年間保管にかかる費用は2千億円

拡大福島第一原発に並ぶ汚染水の貯蔵タンク=2019年7月10日、福島県大熊町、本社機から

 幸いにしてトリチウムの半減期は12.3年と短く、50年間程保管すれば、放射能は6%にまで減衰します。東電の推計によれば、現在80万tの汚染水/処理水内のトリチウムは8.0x10^14Bq、その濃度はおよそ100万Bq/ℓであり、50年後には告示濃度の6万Bq/ℓ程度と、希釈することなく放出が可能な濃度になります(ちなみに自然に存在する水のトリチウム濃度 1Bq/ℓ程度まで放射能が減衰するには、250年程かかります。)。

 ただ、そのためには、現在たまっている汚染水とこれから発生する汚染水合わせて300万立方㍍の貯水能力、小規模なダムひとつ分の貯水能力を有する貯水設備が必要になります。汚染水/処理水を50年間保管する費用の正確な推定は困難ですが、経産省は汚染水/処理水を地下埋設(実質的に地下に貯水するということです)した場合の費用を1200億~2500億円としており(トリチウム水タスクフォース報告書)、おおむね2000億円程度と考えられます。

 要するに、我々が「放射能が減衰するまで保管」と言う選択肢を取るなら、ざっと2000億円程度の費用と50年程度の時間を費やすしかないのです。

海洋放出をすれば、風評被害は必然

拡大日本維新の会代表の松井一郎・大阪市長=2019年9月19日、大阪市役所
 もう一つの選択肢、海洋放出について、少なくとも現時点での科学的知見によると、汚染水/処理水に含まれる放射性同位元素が基準値以下のトリチウムだけであるなら、明白な健康への害はないことを私は否定するつもりはありません。

 しかし、海洋放出推進派が喧伝(けんでん)するような、「大阪湾、東京湾でも放出する!」「飲んでも問題ない!」といった議論は、ナンセンスだと思います。海洋放出をすれば、ほぼ100%風評被害によって福島の海産物の売り上げが大きく下がることは不可避と思われるからです。

 ただしその理由は、海洋放出推進派が言うように、科学が風評に負けたからでも、日本の消費者が不合理だからでも、「安全と安心は違う」からでも、ましてや放射能デマに騙(だま)されているからでもなく、「人はそう言うものだから」だと私は思います。

 そもそも人は、商品を合理的に選んでいませんし、安全・安心の基準も一貫したものではありません。

 例えばマグロを買う場合、大間のマグロと佐渡のマグロと東京湾のマグロが同じ値段で並んでいたら、大半の人は大間のマグロを買うでしょう。回遊魚のマグロにとって、青森沖の大間で釣り上げられるか佐渡沖で釣り上げられるかに大差はないでしょうし、安全・安心面でもまったく異ならないでしょうが、それでも人はなんとなく美味いだろうと思って、大間のマグロを選びます。

 東京湾も、人が泳げるのですから、マグロが泳ぐにも支障なく、マグロがいくら糞便性大腸菌を飲み込んだところで菌は筋肉には侵入できず、科学的には人が食べるのになんの問題もないはずです。それでも人は、東京湾でとれた東京マグロを選びません。

 ところが、例えばそのマグロを思い切って「築地マグロ」とでも命名したら、もしかして大間のマグロをしのぐ高値がつくかもしれません。「豊洲マグロ」だとその可能性はぐっと低くなると思われますが……。

 何故、「大間」が良くて「佐渡」はだめなのか、「築地」はよくて「豊洲」はダメなのか。そ議論は極めて虚しく、しいてその問いに答えるなら、「モノが溢れている現代において、人は『気分』で消費を決めるから。」とでも言うしかないように思います。

 要するに、海洋放出によって福島の海産物の売り上げが減少するだろうことは、国民への啓蒙や説明でどうにかなるようなものでは恐らくなく、いかんともしがたい人間心理によるものなのであり、こちらもほぼ必然的に発生するものだと思われるのです。


筆者

米山隆一

米山隆一(よねやま・りゅういち) 衆議院議員・弁護士・医学博士

1967年生まれ。東京大学医学部卒業。東京大学医学系研究科単位取得退学 (2003年医学博士)。独立行政法人放射線医学総合研究所勤務 、ハーバード大学附属マサチューセッツ総合病院研究員、 東京大学先端科学技術研究センター医療政策人材養成講座特任講師、最高裁判所司法修習生、医療法人社団太陽会理事長などを経て、2016年に新潟県知事選に当選。18年4月までつとめる。2022年衆院選に当選(新潟5区)。2012年から弁護士法人おおたか総合法律事務所代表弁護士。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

米山隆一の記事

もっと見る