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バルカン同盟の歴史から日韓関係を考える

柴田哲雄 愛知学院大学准教授

バルカン同盟と日韓関係の共通点

 さて、バルカン同盟と日韓関係の共通点を挙げることにしましょう。第一に、あるベクトルとその逆ベクトルの和がゼロ・ベクトルとなるように、二大国の角逐によって地域覇権の真空化が生じたことです。バルカン半島では、トルコの覇権が一掃された後、ロシアとオーストリアがそれぞれ覇権を確立しようとしていましたが、両国の角逐の結果、覇権の真空化が生じました。東アジアでは、台頭著しい中国が米国の覇権に挑戦しようとしていますが、両国の角逐によって、覇権の真空化の兆候が生じています。

 第二に、地域覇権の真空化に伴って、大国の従属諸国において、大国の意向に反した独自外交の余地が拡大したことです。バルカン同盟諸国は後見役のロシアの意向に反して、オーストリアではなく、トルコに対して戦端を開きました。フランス外交官の言葉を借りると、「東方問題の歴史上初めて小さな国々が列強から独立した立場を獲得したので、小さな国々は列強なしで行動できるし、列強を自由にできるとさえ感じていた」のです(マーガレット・マクミラン)。

 一方、韓国の文在寅政権は今日、米国の意向に反して、北朝鮮の核放棄の保証がないまま、一方的に経済制裁を緩和して、南北経済協力を実行すべきだと主張しています。また韓国は、米中対立をしり目に、中国にも接近して、「一帯一路」やアジアインフラ投資銀行への参加に踏み切りました。我が安倍晋三政権も昨今、米露対立をしり目に、ロシアへの接近を図って、平和条約を締結しようと熱心に試みています。

 周知のように、1956年の日ソ共同宣言後、日ソ間の平和条約交渉が進展しなかったのも、また2001年の日朝平壌宣言後、日朝間の国交正常化交渉が進展しなかったのも、いずれも米国の強力な横槍が入ったからにほかなりません。今日、日韓両国が、米国の意向に反する独自外交を追求していても、米国はたいして横槍を入れてきませんが、そうしたこと自体が、覇権の真空化の兆候を示すものだと言ってよいでしょう。

 第三に、大国の従属諸国の間で、それぞれの歴史的記憶に根差すナショナリズムが高揚して、相互の対立が深刻化していたにもかかわらず、大国が調停する能力を失ってしまったことです。バルカン同盟諸国の間では、第一次バルカン戦争が終結した後、マケドニアをめぐって、ブルガリアとセルビアなどが激しく対立しました。当時、バルカン同盟諸国は、トルコ支配以前のそれぞれの王朝時代の記憶に根差したナショナリズムを高揚させ、それぞれの王朝時代の領域を回復することを熱望していたのですが、それらはいずれもマケドニアを含むものだったのです。これに対して、後見役のロシアは右往左往するばかりで、調停に当たることができず、ついに第二次バルカン戦争の勃発を許してしまいました(奥山倫子)。

 一方、日韓両国の場合には、主として20世紀前半の記憶に根差すナショナリズムが高揚して、相互の衝突をもたらしています。徴用工問題や従軍慰安婦問題をめぐって、文政権は1965年の日韓請求権協定や2015年の慰安婦合意を破棄して、日本政府に改めて賠償と謝罪を求める意向を示しました。これに対して、安倍政権は元来「自虐史観」に批判的でありながら、米政府のとりなしもあって、不承不承ながら朴槿恵前政権との間で慰安婦合意に踏み切った経緯があるだけに、猛反発しました。

 そして安倍政権は、奇しくもこのタイミングで、韓国を貿易管理上の優遇対象国(「ホワイト国」)から除外すると決定しました。すると今度は文政権が猛反発して、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を通告してきました。このようにして目下、日韓の連携は風前の灯火となっています。その間、米政府高官は、安倍政権に対しては「ホワイト国」からの除外を延期するように要請する一方で、文政権に対してはGSOMIAを破棄せぬように忠告してきましたが、トランプ米大統領自らが積極的に動かなかったこともあって、両政府から聞き入れられませんでした。

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筆者

柴田哲雄

柴田哲雄(しばた・てつお) 愛知学院大学准教授

1969年、名古屋市生まれ。中国留学を経て、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程単位取得退学。2002年以来、愛知学院大学教養部に奉職。博士(人間・環境学)を取得し、コロンビア大学東アジア研究所客員研究員を務める。主著に、汪兆銘政権とヴィシー政府を比較研究した『協力・抵抗・沈黙』(成文堂)。中国の亡命団体に関して初めて本格的に論じた『中国民主化・民族運動の現在』(集広舎)。習仲勲・習近平父子の生い立ちから現在に至るまでの思想形成を追究した『習近平の政治思想形成』(彩流社)。原発事故の被災地にゆかりのある「抵抗者」を発掘した『フクシマ・抵抗者たちの近現代史』(彩流社)。汪兆銘と胡耀邦の伝記を通して、中国の上からの民主化の試みと挫折について論じた『汪兆銘と胡耀邦』(彩流社)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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