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トランプ弾劾審議の源流はバイデン父子の腐敗問題

ウクライナ危機下のバイデン父子の動きを追うと見えてくる不都合な事実

塩原俊彦 高知大学准教授

会見で記者からの質問に答えるトランプ大統領=2019年9月25日、ニューヨーク

 2019年9月24日、米下院のナンシー・ペロシ議長はドナルド・トランプ大統領の弾劾審議手続きに入る方針を明らかにした。引き金になったのは、7月25日に行われたウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領との電話会談で、トランプが米民主党の有力大統領候補者であるジョー・バイデン前副大統領の息子ハンターのウクライナにおける犯罪捜査を強化するように圧力かけたとされる件である。これが事実であれば、大統領の職権濫用を禁じた法律に違反し、弾劾に相当する可能性が高い。

 ただ、ことはそれほど単純ではないと筆者はみている。かつて『ウクライナ・ゲート』(社会評論社、2014年)や『ウクライナ2.0』(同、2015年)を上梓し、ウクライナにかかわる問題については「一家言」あるからである。そこで、2回にわけて丁寧にこの「事件」について解説してみたい。

 まずは、複数の公開情報から信頼できそうなものを参考にしながら、時系列に今回の事態を整理してみよう。

大統領の弾劾審議手続きに至る経緯

 2019年8月12日、複数ある米国の情報機関の一つに属する匿名のエージェントが、「大統領の不法行為」について、行政を監視する監察総監室に訴えを申し出た(9月26日付「ニューヨーク・タイムズ」電子版によると、このホイッスルを吹いた人物がCIA幹部)。そのトップ、マイケル・アトキンソンは、この情報が「重大で信用でき、緊急性が高い」と判断し、ジョゼフ・マグワイア国家情報長官代理に報告した。

 「ワシントン・ポスト」は9月5日の社説で、トランプ大統領がジョー・バイデン民主党大統領候補の捜査を開始することで、ゼレンスキー大統領に2020年の米大統領選に関与するよう強制しようとしていると書いた。この時点で、マスメディアはトランプの「不正」のしっぽをつかんでいたことになる。

 9月21日付の「ウォールストリート・ジャーナル」電子版によると、7月の電話でトランプ大統領はジョー・バイデンの息子を調査するようにウクライナ大統領に圧力をかけ、約8回もトランプの弁護士であるルディ・ジュリアーニ(元ニューヨーク市長)とともに仕事をするように促したという(9月25日に公表された電話会談の概要によると、トランプ大統領の発言のなかにジュリアーニという姓が2回、ルディという名が2回登場するが、司法長官のウィリアム・バーと協力することを求めている点が注目される)。

 ジュリアーニは6月にパリでウクライナの検事総局の幹部に会い(3月以降、ニューヨークとワルシャワで会談という情報も)、8月にはゼレンスキーの補佐官、アンドリー・イェルマークとマドリードで会談した。ジュリアーニによれば、イェルマークはウクライナ政府がバイデン事件の真相を探り出すと確約した。なお、忘れてならないのは、ジュリアーニの法律事務所が2年以上前、ウクライナの富豪と契約を結び、ビジネスに絡んでいたことだ。

 興味深いのは、8月の会談の数週間前にトランプ政権がウクライナへの支援2億5000万ドルの見直しをはじめたことだ。一説には、ウクライナへの支援(3億9100万ドルという説も)が7月はじめに一時的に突然停止され、その後、再開されたことが、ウクライナ政府へのトランプ政権による「圧力」と「返礼」にあたるのではないかとみられている。

米議会でトランプ大統領の弾劾(だんがい)調査開始を発表し、記者の質問に答えるペロシ下院議長=2019年9月24日、ワシントン

ウクライナ危機下のバイデン父子

 つぎに、いわゆる「ウクライナ危機」について思い出してみよう。

 ウクライナでは2013年末ころから危機的状況が表面化し、2014年2月、当時のヴィクトル・ヤヌコヴィッチ大統領が「武装蜂起」によってウクライナからの脱出を余儀なくされるという事件が起きる。その後、ロシアによるクリミア半島併合やドンバス地方の地位をめぐる争乱などが生じる。

 当時、バイデン副大統領はバラク・オバマ大統領のもと、ウクライナ問題を担当していた。この際、バイデンや息子が「問題行動」をとっていたのではないかと疑われていた。
ここで、2014年に上梓した拙著『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)における記述(pp. 19-20)を紹介したい。

 (2014年:引用者注)5月に入って、オバマ政権内部に少なくともモラルに欠ける状況が根深く存在することが明らかになった。それは、ウクライナの民間石油ガス会社(Burisma Holdings)が5月に明らかにした事実に基づいている。すなわち、ロバート・ハンター・バイデン(ジョー・バイデン副大統領の次男)が4月18日に取締役に就任したと公表したのだ。同月、同社取締役にデェボン・アーチャー(Devon Archer)も就任していた。彼は、ジョン・ケリー国務長官家の友人で、ハンターの親友である。バイデン副大統領側は、あくまで息子は民間人であり、法律家として民間企業の取締役に就任したにすぎないと強弁しているが、バイデン副大統領は4月21日、キエフを訪問し、アレクサンドル・トゥルチノフ大統領代行やアルセニー・ヤツェニューク首相と会談し、ウクライナを主導するような態度を露骨に示したとされる。会談のテーブルの上座に座り、両側にウクライナ指導部の要人が座ったというのだ。ウクライナは今後、米国による支援を前提に国づくりをするものと思われる。その過程で、ウクライナの大統領以上に指導力を発揮することになるとみられるバイデン副大統領の息子がウクライナでビジネスを行うわけだから、その恩恵に浴すことになるとみて間違いないだろう。つまり、こうしたやり方は少なくとも道義的に赦されない。

 ついで、2015年に刊行した拙著『ウクライナ2.0』(社会評論社)でも、つぎのような指摘をしておいた。腐敗していたとされるヤヌコヴィッチ元ウクライナ大統領周辺(「ファミリー」)について記述したものである(p. 78)。

 第一副首相、国家安全保障・国防会議書記、大統領府長官などを歴任したアンドレイ・クリュエフも「ファミリー」メンバーだ。アンドレイの弟セルゲイがビジネスに従事して、資産を拡大した。弟は現在、国会議員。ほかに、ニコライ・ズロチェフスキーも「ファミリー」の一人とされている。彼は、バイデン副大統領の息子が取締役に就いたウクライナの民間石油ガス会社、ブリスマ・ホールディングス(Burisma Holdings)の事実上でオーナーで、かつてヤヌコヴィッチ大統領政権で環境相だった。その意味では、ズロチェフスキーはバイデンの息子を取り込んで、今後、ブリスマを中心にウクライナでのシェールガス開発などを目論んでいる。

 そもそも息子のハンターは法律家であり、ガス事業についてはまったくの素人だし、ウクライナ経済についても知らない。そんな人物がなぜブリスマ・ホールディングスの取締役に就いたのか、判然としない。にもかかわらず、ブリスマはハンターのRosemont Seneca Partners LLCに2014年4月半ばから2015年末までから総額340万ドル(別の情報では、14カ月間に310万ドル)を支払ったとされる。ハンターはブリスマの取締役として少なくとも85万ドルの報酬を得たらしい(「ニューヨーク・タイムズ」電子版2019年9月27日付)。

検事総長解任に動いたジョー・バイデン

 実は、ハンターがブリスマの取締役になった2014年4月(2019年4月退任)ころ、英国当局は資金洗浄の容疑で、ブリスマの事実上のオーナー、ズロチェフスキーに属するとみられる2300万ドルが預金された銀行口座を凍結した。しかし、当時のウクライナの検事総局は、英国側から要請された文書を英国の経済犯罪捜査にあたっている部署に提供しなかった。それどころか、駐ウクライナ米国大使が明らかにしたところでは、ウクライナの検事総局はズロチェフスキーの弁護士に事件にしない旨の手紙まで送っていたという。

 こうしたウクライナ側の非協力のために、2015年1月、この口座の差し止めは解かれ、資金はタックスヘイブン(租税回避地)のキプロスに流出した。

 当時のウクライナの検事総長に代わって、2015年2月に、ヴィクトル・ショーキンが検事総長に就くと、彼はブリスマのハンターやアーチャーを含めた取締役全員の捜査に乗り出す計画を進めた。ところが、2016年3月29日、当時のペトロ・ポロシェンコ大統領は突然、検事総長解任を命じるのである。その背後には、ハンターの父、ジョー・バイデンがいた。ショーキンを解任しなければ、米国は支援をしないと脅したのだ。しかも、それをバイデン自身が公然と認めている(ロシア語新聞「ノーヴァヤガゼータ」2019年No. 46)。

 といっても、ショーキンはヤヌコヴィッチや新興財閥寄りで、腐敗が疑われる複数の人物を立件しようとしないから、改革を求める米国政府が圧力をかけただけとの情報もある。ショーキンに代わって検事総長になったユーリー・ルツェンコは、後に公的にブリスマは捜査の対象ではなく、バイデン父子の不法行為はなかったとした。ただし、このルツェンコの発言が本当かどうかはわかっていない。

選挙集会で演説するバイデン前副大統領=2019年5月18日、米ペンシルベニア州フィラデルフィア

道義的・倫理的責任は大きいバイデン父子

 ハンターにはまだまだよからぬ話がある。

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