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世界で二番目にクールな街シモキタの再開発の物語

対立から対話、和解と協働へ。これは単なる再開発ではない/街の写真は矢郷桃さん撮影

保坂展人 東京都世田谷区長 ジャーナリスト

「住民参加の街づくり」は時間はかかるが実りも多い

 小田急線の連続立体交差事業及び複々線化が計画されたのは半世紀前に遡ります。

 当初は、高架で道路との立体交差が企画されましたが、騒音等の反対の声が大きく、2003年に地下化が決定されました。同年、小田急線と交差する都市計画道路を決定して、事業を始めていきますが、道路事業のあり方をめぐり再開発反対の声も広がり、2006年には「道路計画の撤回」を求めた住民訴訟も提訴されました。

 私が区長に就任した2011年4月は、下北沢の再開発をめぐり、根深い対立構造が横たわったままの時期でした。

拡大写真家・矢郷桃さん撮影

 2011年4月と言えば、「東日本大震災と原発事故」から1カ月あまりしか経過していません。私たち人間の築いてきた街並みや科学技術がいかに脆弱であるかを思い知りました。

 そもそも、私自身も落選中の国会議員から世田谷区長へと転身するに至った決断は、この事態によって生活感覚をうち壊し、魂を震わせるような衝撃によって「身近な自治体」に着目したからだったのです。

 世田谷区長として、就任当初から「下北沢再開発」の問題に直面します。

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筆者

保坂展人

保坂展人(ほさか・のぶと) 東京都世田谷区長 ジャーナリスト

宮城県仙台市生まれ。教育問題などを中心にジャーナリストとして活躍し、1996年から2009年まで(2003年から2005年を除く)衆議院議員を3期11年務める。2009年10月から2010年3月まで総務省顧問。2011年4月より世田谷区長(現在3期目)。 著書:「相模原事件とヘイトクライム」(岩波ブックレット)、「脱原発区長はなぜ得票率67%で再選されたのか?」(ロッキング・オン)、「88万人のコミュニティデザイン 希望の地図の描き方」(ほんの木) 近著に「〈暮らしやすさ〉の都市戦略 ポートランドと世田谷をつなぐ」(岩波書店2018年8月)、「子どもの学び大革命」(ほんの木2018年9月)他

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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