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小沢一郎が語る「自民党幹事長」時代のこと

(16)リクルート事件、湾岸戦争、都知事選そして幹事長辞任

佐藤章 ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

みんなが無理だと思っていた小選挙区制

 小沢一郎は、竹下内閣では内閣官房副長官として野党対策に尽力。日米間の建設市場開放協議や後の日米電気通信協議では日本側交渉役を務め、米政府内に「タフ・ネゴシエーター」として知られるようになった。リクルート事件後に成立した海部俊樹内閣では自民党幹事長に就いたが、小沢のインタビュー本『90年代の証言 小沢一郎 政権奪取論』(五百旗頭真ら)では、政治改革を具体的に推進し始めたのはこの幹事長の時からだと小沢は答えている。

――リクルート事件の後、政治改革をどのように進めるかという問題をめぐって、後藤田正晴さんと伊東正義さんの二人が幹事長の小沢さんのもとを訪れました。この時、小沢さん自身は本格的に進める考えでしたが、後藤田さんと伊東さんの二人はそれほど積極的ではなかった、ということですね。

小沢 日本人には多いと思うけど、政治家をはじめパフォーマンスだけという人が多い。この時も、「幹事長、どうする?」と聞くから「小選挙区でやります」と私は答えました。そうしたら、二人とも黙ってしまった。「そんなことは、まあできないでしょう」という意味です。それで私は「では、あなた方は何をしようと思っているんですか」と聞いたら、「いずれやる」というお題目の法案を作りたいと言うわけです。要するに先送りですね。

――そう言ったわけですか。

小沢 うん。「それが精いっぱいじゃないですか」と二人は言うわけです。「それだったら私はやりません。そんないい加減な話はないでしょう」と私は言いました。「本気でやりますか」と私が強く言ったら、二人は驚いて帰って行ってしまいました。

――小沢さんがずっと考えていた政権交代可能な小選挙区制というものをぶつけたら二人とも足がすくんでしまったということですね。

小沢 彼らだって言っていることは小選挙区制なんです。だけど、それはどうせできっこないという頭があるんです。当時の政治家はみんなそうだったですね。

 それまでの中選挙区制は1選挙区の当選者が3人から5人なので自民党の複数の派閥候補が当選できた。自民党当選者に加え、社会党や公明党などの野党候補も当選できたので与野党の候補は安泰、その代わり自民党の政権確保もほとんど約束されたものとなっていた。万年与党・自民党、万年野党・社会党という1955年体制維持を約束する選挙制度だった。しかし、小選挙区制は1人しか当選できないため、いずれの選挙区も与野党激突となり、政権交代が起こりやすい。リクルート事件後の政治改革の焦点はこの小選挙区制の導入に絞られていた。

――その時に、後藤田さんも伊東さんも、普通の自民党議員であれば、お題目としては小選挙区は必要だろうが、現実的に導入するのは無理でしょうという考えに支配されていたわけですよね。小沢さんは、そんな現実論をはねのけてもやってやるんだという気構えがあったわけですか。

小沢 うん。何でもやる気になればやれるということです。いいと思うことならやれるじゃないですか。自民党は多数を持っていたわけですから。だけど、彼らは多数決の話ではなくて、いろんな選挙区調整やら何やらの複雑な話に巻き込まれるのはいやだという話なんだ。

拡大選挙制度改革について朝日新聞のインタビューに答える自民党幹事長の小沢一郎氏=1990年5月
――年齢的なこともあったのでしょうか。後藤田さんも伊東さんも小沢さんに比べてかなり高い年齢層だったからとてもそこまでの元気さはないよ、という感じだったのでしょうか。

小沢 年齢じゃない。頭がそうなっているんだ。若い人だって、どうせできっこないと思っている人がたくさんいた。日本人は体制順応型の人が多いような気がする。革命とか改革とかそういうものにほど遠い人が多いと思う。ぼくは、自民党の総務局長もやってるからね、その前に。だから、そんな選挙区事情なんか彼らよりもよく知っている。知った上で、そういう調整もやればやれると。

――そういうことをやった上で、さらに進めなければいけないということですね。

小沢 そうです。ところが、みんな最初から無理だという前提に立っているわけです。民主党の時も、政治主導と語っていながら、ああ何か無理だと思っているな、と感じたことがありました。

――みんなが無理だと思っていることを小沢さんは現実のものにしてしまう。最初に無理だと思う人と、現実化してしまう小沢さんご自身と何がどう違うのでしょうか。

小沢 やっぱり、最初に無理だと思ってしまう人は、自分のビジョンとか志とか理念とか、そういう言葉で表わされるような強いものを持っていないということだと思う。政治の世界で何か改革しようとすれば、旧体制の中から反発が出てくるのは当たり前なんです。大方の人は、それが自分に向かってくるのがいやなんですね。責任回避なんです。みんなにいい顔していたいから、自分を矢面に立たせることを絶対にしないわけです。だけど、それでは何も前進しない。

――自分が傷つくのが怖いんでしょうね。

小沢 だろうね。今でもみんなそうじゃないか。自分のことばかりだよ。しかも目先の利害だけだ。もうちょっと大きい天下国家の視点から考えればいいんです。

――なるほど。しかし、小沢さんがそうおっしゃった時に、後藤田さんと伊東さんはかなり戸惑ったような感じでしたか。

小沢 そう見えたね。そんなこと考えてもいなかったようだ。

――しかし、小選挙区制そのものは日本の政治史を動かしました。これからも動かしていく可能性を秘めているように思いますね。

小沢 そう思うよ。うん、そう思います。だから、いつも、インタビューで、小選挙区の功罪を言ってくださいと聞かれれば、ぼくは決まって「罪なんかない。功だけだ」って答えています。

――今の自民党政権も国民自身が自分たちで選んだものではありますからね。

小沢 民主党から自民党に政権が還ったのも仕方ないんです。民主党がだめだったからで、野党がまたしっかりすれば自民党に代わっていけるんです。その切磋琢磨とお互いに競争することがいいんです。


筆者

佐藤章

佐藤章(さとう・あきら) ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

ジャーナリスト学校主任研究員を最後に朝日新聞社を退職。朝日新聞社では、東京・大阪経済部、AERA編集部、週刊朝日編集部など。退職後、慶應義塾大学非常勤講師(ジャーナリズム専攻)、五月書房新社取締役・編集委員会委員長。最近著に『職業政治家 小沢一郎』(朝日新聞出版)。その他の著書に『ドキュメント金融破綻』(岩波書店)、『関西国際空港』(中公新書)、『ドストエフスキーの黙示録』(朝日新聞社)など多数。共著に『新聞と戦争』(朝日新聞社)、『圧倒的! リベラリズム宣言』(五月書房新社)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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